流行りの「35億」

ではありませんが

世界人口73億とし

仮に男女比をイーブンとすると

それぞれの人口は36.5



平均寿命を80歳とし

これを年代別に

雑に均等分布させると

男女それぞれ

十年毎に4.5



さらに

結婚適齢期を仮に

20-40歳の二十年間とすると

その数男女それぞれ9



つまり

種の保存を目的とし

それに最適な年齢の異性は

男女それぞれ

9億に居るわけです



「いやいや私はもう」

「子どもとかはいいから」

「添い遂げることのできる相手が欲しい」



という設定で

相手を20-60歳の

四十年間にまで拡大させると

その数なんと

18



つまり

"異性と共に過ごす"

という願望のある人には

18億人のなかから相手を選ぶ

権利というかチャンスというか

理屈上はあるってことです



そう考えると

恋愛とか結婚とか離婚とか

ってなんだか

とるに足らないものに思えますよね

いや

とるに足るものとして扱わないと

いろいろマズいとは思いますけど



要は

ものすごい数の可能性の下

人は

「これこそが(真実の愛)!」

ってものを

わずか数人から数十人の

サンプルのなかから決め

「運命的な出会い!」

と信じ

それに縛られ続けながら生きてるんだなー

なんて

ふと思ったもので



そんな

人の律儀さを思うと

不謹慎かもしれませんが

バツイチとかバツニとかでも

「ドンマーイ」

って思えるんじゃないかと

それもよりも

"新たな可能性に向けて歩み始めた"

と思うべきなんじゃないかと



ただ

新たな可能性に向けて歩み始め

もしオクラホマミキサーのように

9億とか18億人と総当たり戦

出来たとしても

それはそれで相当

大変なことになるんじゃないかと



ひとり一分ずつお手手を繋ぐだけでも

9億分(ふん)-18億分(ふん)

ですか

時間に直すと

1,500-3,000万時間

日数だと

62.5万日-125万日

年数だと

1,712年間-3,424年間



何回生まれ変わっても

すべての可能性を探るのは

無理ですね

生まれ変わるとマーケットは

リセットされてしまう訳ですから



もはや計算が合っているかどうかも

定かではありませんが

信じた人と添い遂げるのも

一人、二人、三人と可能性を探るのを

どっちもどっちでアリなんだ思うし

あんまり細かいことは気にせずに

ドーンと生きたらいいんだな

って話でした



七夕だし

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