"見ざる言わざる聞かざる"
こんな歳になってもまだ
それらを体得するに至らぬ未熟さゆえに
見る必要のないところまで見えてしまい
言う必要のないことまで答えてしまい
話されてないことまで聴こえてしまう
そして
見えてしまったがために関与することとなり
言ってしまったがために誤解、邪推、非難され
聞こえてしまったがために心を痛める
まさに
"身から出た錆"
とはこのことかと
「困っている人を見つけたら助けましょう」
「人の悪口を言わないようにしましょう」
「悪口が聞こえても気にしないようにしましょう」
子どもの頃
道徳の時間に教えられたことも
大人の世界では
"その逆を行くことこそ処世術"
というところもあり
それがゆえの
"見ざる言わざる聞かざる"
でもあるのかな
と
しかし
論語には
"礼に非ざれば視るなかれ"
"礼に非ざれば聴くなかれ"
"礼に非ざれば言うなかれ""
"礼に非ざれば行なうなかれ
つまり
"礼節に背くことであるならば"
という前提が
"礼節"
その定義も幅広いので
"礼に非ざれば"
は曖昧な言い回しであり
さまざまな解釈もできますが
それでも
"自分なりの礼節"
それを軸にして
"不見、不聞、不言"
いい加減にそろそろ体得しないとなぁ
なんて反省した次第です
「あれ?そうだったけ?見た記憶がないんだけど?」
「あれ?俺、そんなこと言った?」
「え?聞いてないよぉ!」
自覚してることでも言えるように
まずはそこらへんから
鍛錬していこうと思います
