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通勤往路の話です


満員であることは当たり前ですが

毎回「超」のつくほどの

満員電車なわけではありません


日によってムラがあり

ラッキーな日は

乗った次の駅でたまたま

前に座った人が降車して

そこから座れちゃったりすることもあります

とは言えそんな機会は

月に一度あるかないかですが


逆に

三日に一度ぐらいでしょうか

"地獄"のような混み具合になることもあり

前に立つ人の後頭部まで1cm

後ろに立った人とは背中が密着

左右に立つ人たちとはお互いの脚を絡め

みたいな状態になります

もちろん手を挙げる余地もなく

Kindleなどは持てません


毎度そんな事態に遭遇すると

例えは悪いですが

"アウシュビッツに向かう列車"

連想してしまいます


"貨物車に野菜のように詰め込まれ"

"空調設備もなく排尿排便の機会も与えられず"

であったろうその例とは

比べるべくもなく

比べられるものでもなく

比べるべきでもないと思いますが

とにかくそれぐらい

そんなことを連想してしまうぐらい

酷い有様だということです


"満員電車に揺られることの生産性の低さ"

とその原因である

"一極集中の弊害"

といった議論は枚挙に暇がありませんが

この

"満員電車での通勤"

というセレモニーが

そこに乗って働きに行く人たちに

何らかのプラス要素を与えているかと言えば

何もないのではないかと...


"中央省庁は日本全国政令指定都市に分散設置"

"民間企業も産業分野別に所在地を全国に分散設置規制"


以上は上京してすぐの頃から

居酒屋で唱えて続けている

浅慮に基づく暴論ですが

そうすれば自然災害リスクも

国防の面も地方都市の過疎化も

所得格差も待機児童問題も

Pokémon GOの地域格差も

そして"満員電車での通勤"地獄も

一挙に解決できるではないか

と低能は低能なりに

思ったりするわけです


太古の昔から都市が形成され続けてきたこと

つまり

"人は人の集まるところに集まる"

といった習性からは逃れられないこと

それを思うと無理な注文であること

また

一旦分散できたたとしても

いずれまたどこかに集中して

結局そこが都市になる

というスパイラルからは

決して逃れられないのでしょうが


毎日のドアドア1.5h+満員電車通勤で

若干疲れた頭でそんなことを考えつつ

とりあえずサーズデー

いっちゃいましょう