真面目ですね
と言われることもあれば
不真面目ですね
と言われることもあります
両極端なのはおそらく
興味のあることにしか
興味がないからだと思います
「あいや待たれぃ!」
「興味のあることには」
「興味があって当たり前でないか」
といった話は
"やりたくないことは"
"やりたくないという、やりたいことである"
といった言葉遊びかもしくは
禅問答になる可能性が高いので
そこについての
深掘りは避けていただければ
これ幸いでございます
で
話を戻すと
興味のあることに取り組んでいる姿を
見ていただいている方には
"真面目"
と言っていただき
興味のないものに対する私
それをご覧になった方からは
"不真面目"
に思われるんでしょう
きっと
要は
性格が両極端なんでしょうね
自分で言うのもなんですけど
興味の有無にかかわらず
やらなければならないことなので
"興味のあること"に
カテゴライズしていいのかわかりませんが
"仕事"への向かい方は
わりと真面目なほうではないかと思います
仕事とは
"生きる糧を得る術(すべ)"
「あいや待たれぃ!」
「"糧"とは単に食糧を指すだけでは」
「ないのでござらぬか」
「そこには心の充足と申す…」
「すなわち物心両面の…」
といったご見解も今は
うっちゃらせていただきます
で
仕事とは
"生きる糧を得る術(すべ)"
究極的にはそう思いますが
同じするなら
"ちゃんと"
"一生懸命"
やったほうがいい
そのほうが
得た"生きる糧"にもっと
有難味が出るだろうし
そしてなによりも
"やり甲斐"を感じることができるし
と思っているからわりと
"仕事"への向かい方は
真面目なのだと思います
あとは
"自分でしようと決めたこと"
それに関しては意固地になって
続ける癖があります
嫌で嫌で仕方がなくなっても
"ここで止めたら男が廃る"
云々と自分で自分に
根拠のない喝を入れ
人が見ていようと見ていまいと
無理やり続ける
と
そういうところはあります
なんでそんなところに執着するのか
もっと気軽に止めたり始めたりすれば
もっと明るい顔をして暮らせるのに
自分でもそう思いますが
残念ながらこの癖は
治る見込みがなさ気です
しかし
もっかい話を元に戻すと
興味がないからといって
"一切関知しない"
というわけではありません
自分としては
イマイチ興味の持てないモノ・コトであっても
必要なことであれば
たとえば
仕事などで出くわす"一事象"がそうですね
包括的には"興味があり"
他人様からは"真面目"
と言っていただけるぐらい
※皮肉やアンチテーゼは聴こえないふりをします
"ちゃんと"
"一生懸命"
取り組んでいる仕事ですが
そのなかには必ずしも
自分が是とすることではないこと
多々発生するわけですが
それらにももちろん
最大限
興味を持つようにして
対峙しています
あ
"対峙する"
という言い方自体が
ネガティヴですね
訂正します
最大限
興味を持つようにして…
あ
"持つようにして"
という言い方がやっぱ
ネガティヴですね
訂正します
最大限
興味を持って
あ
"最大限"というところが…
あ
もういいですね
訂正は
とりあえず
興味のないことには
興味がないんだけど
そのなかにでもなにか
気になる点を見つけて
結果的に興味をもっと
持つようにしよう
なんとなくそう思った
サーズデーモーニンです
