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"愛妻家"
という呼称はあるが
"愛夫家"
というのはないな
どこかのなにかの記事を読んで思った

"愛妻家"という呼称
それは
男尊女卑の前時代の賜物
つまり
"私は他の男と違って"
"女性蔑視してないですよ"
"妻のことをとても大事に思っています"
という男による
"上から目線"の名残りなのか

はたまた
「おやおや今日も真っ直ぐご帰宅かい?」
「いやいやまったくもって」
「君は細君に目がないからねぇ」
という
山崎豊子の小説かサザエさんにでも出てきそうな
"男同士の器の大きさ競い"的
昭和高度経済成長期の残像か

いずれにせよ
経済成長も見込めず
結婚しない(または出来ない)男性女性が増え
少子高齢化に拍車がかかり
労働人口も減少しつつあり
夫婦共働きしないと
まともに住めない食えない
育てられない現代に於いて
"愛妻家"という言葉はすでに
死語になりつつある気がする

うちの親父の時代は
朝起きたらご飯と味噌汁と干物と漬物
※干物よりも焼魚か
※あと大根おろしの添えられた玉子焼きとか
ズラッと並べられていて
ポストからとってきた新聞
着席前に食卓に置いてあり
その日に着るためのスーツからシャツ、ネクタイまで
寝室のベッドの上に用意されていて
「あなた、今夜は遅いの?」
と毎朝聞いてもらえ
カバンを玄関まで
両手で持ってきてくれて
「いってらっしゃい。気を付けてね」
と家を出て最初の角まで見送られ
家に帰ったら玄関まで出てきて
「あなた、おかえりなさい」
「ご飯にする?お風呂にする?」
と聞かれ
雀荘で呑んで帰って遅くなっても
「お夜食は?」
「お風呂沸いてますよ?」
と聞いてもらえる
それがデフォルトというか
マジョリティだった
※私が育ったところは少なくともそうだった
※他の家の内情と実情はもちろん知らない
※今でもそれに近いお宅もあるのかもしれない

今思えばまるで
王様か殿様
みたいな生活である
それだけ一家の主に
稼ぎと威厳があったということか

今はもちろん
"昔はそうだったのに"
なんてこと
怖くてとても言えない

それどころか
"愛妻家"なんて言葉を使った途端
「あ?」
「なにを偉そうに」
「愛する、じゃねーよ」
「愛させていただく、だろが」
「いや、ダメだ。その言葉を発した以上」
「立派なセクハラだ。パワハラだ。言葉のDVだ」
「簡易裁判所行こうぜ」
とか
言われちゃうのかもしんない

話を元に戻す
なぜ"愛夫家"という言葉がないのか?

貧困な頭で考えるにおそらくそれは
"女性にとって夫は"
"愛するという行為の対象ではない"
という考え方に
起因するのではなかろうか

昔に於ける"夫"というものは
"尊敬の対象"
"畏怖の対象"
"ルール"
"神"
に近い存在だったんだろう

そして
現代に於いての"夫"は
良くて"友人"
中ぐらいで"知人"
最悪の場合
"単なる集金マシーン"
と化してはいるが
いずれにしても
"愛する対象"ではないから
と考えるのが妥当ではなかろうか
※愛する対象はディスプレイのなかか
※歌舞伎町に居るのだろう

まとめに入ろう
私には娘が二人居る

自身が男三人兄弟で育ったこともあり
正直に言うと
息子が欲しかった
息子の誕生
息子との日々
なるものに
結婚前は一定の思いも馳せた

縁あって娘二人を授かった今
"わが子が娘(女性)で本当に良かった"
心から思っている

"自分の知らない世界を魅せてくれた"

それがもっとも大きな理由ではあるが
こちらも正直に言うと
これからの世の中
いや
これからではなくすでに
だが
男には生きにくい

過去が贅沢過ぎであったこと
それは間違いないが
これからはますます
女尊男卑な世の中に
シフトしていくだろうから

とアマゾネスの国に住む
うだつの上がらない男が
負け犬の遠吠え
発しております

TGIF!