毎年、この季節の恒例のレースですね!
っと言っても、今回は過去の8耐の話です。(笑)
自分の中で、一番印象に残っているのは1992年の8耐ですね!
もう、15年も経ったんですね…。
街中でも、レプリカバイクの全盛期でしたね。
自分の中で、一番印象に残っているのは1992年の8耐ですね!
もう、15年も経ったんですね…。
街中でも、レプリカバイクの全盛期でしたね。
ヘルメットの記事でも書きましたが、「ワイン・ガードナー」のファンだった事もあり
ガードナーの8耐引退レースでもある92年のレースは忘れられません。



画像は、92年の年末に青山の「ホンダウエルカムプラザ」で行われた
「ワイン・ガードナー」の引退式の物ですね。
8耐優勝マシンの横には、ゼッケン「5」のNSR500も展示されてました。
ガードナーの8耐引退レースでもある92年のレースは忘れられません。



画像は、92年の年末に青山の「ホンダウエルカムプラザ」で行われた
「ワイン・ガードナー」の引退式の物ですね。
8耐優勝マシンの横には、ゼッケン「5」のNSR500も展示されてました。
ちゃっかり、この日に着ていったブルゾンに「ガードナー」のサインをしてもらいました。(笑)
もちろん、「ロスマンズカラーのNSR250R SP」に「ゼッケン 5番」を付けて行った事は
言うまでもありませんねっ!(爆)
もちろん、「ロスマンズカラーのNSR250R SP」に「ゼッケン 5番」を付けて行った事は
言うまでもありませんねっ!(爆)
92年の8耐は、「M・ドゥーハン」がケガで欠場していた事もあり
アンチドゥーハンファンとしてはプラス要素でしたね。(ドゥーハンファンだった人、すみません。)
WGPでは、ガードナーとドゥーハンはチームメイトですが敵同士でしたからねっ!
それが、8耐では同じ1台のマシンに乗らなくてはいけませんから
乗る方も、見る方も複雑な心境です。(笑)
しかし、ドゥーハンの欠場でガードナーのペアライダーは「D・ビーティー」となり
ある意味安心して観戦する事ができましたね。
アンチドゥーハンファンとしてはプラス要素でしたね。(ドゥーハンファンだった人、すみません。)
WGPでは、ガードナーとドゥーハンはチームメイトですが敵同士でしたからねっ!
それが、8耐では同じ1台のマシンに乗らなくてはいけませんから
乗る方も、見る方も複雑な心境です。(笑)
しかし、ドゥーハンの欠場でガードナーのペアライダーは「D・ビーティー」となり
ある意味安心して観戦する事ができましたね。
この年は、F・スペンサーの8耐復帰のおまけ付きの年でしたね。



画像のミスタードーナツオクムラホンダのRVFは、スペンサー/鶴田のマシンです。



画像のミスタードーナツオクムラホンダのRVFは、スペンサー/鶴田のマシンです。
この頃通っていた学校の講師に、チーム監督の奥村さんが居たので
レース前のマシンを学校に持って来てくれました。
HRCには、ナイショ?でカウルを外したりホイールを外したりしてくれました。
1年落ちのワークスマシンでしたが、秘密がいっぱいあったらしいですね!(笑)
スペンサーには、会えませんでしたがペアライダーだった鶴田竜二には会えました。
レース前のマシンを学校に持って来てくれました。
HRCには、ナイショ?でカウルを外したりホイールを外したりしてくれました。
1年落ちのワークスマシンでしたが、秘密がいっぱいあったらしいですね!(笑)
スペンサーには、会えませんでしたがペアライダーだった鶴田竜二には会えました。
レース自体も、「ホンダの黄金期」だったと言っても良いでしょう!
ホンダが、レースの上位にいて当たり前の時期でしたねぇ~。
観戦していても、楽しかったです。
レース終盤、2位に付けていた伊藤真一の転倒もありましたが
ガードナー/ビーティー組みの優勝で終わりファン冥利に尽きるレースでしたねっ!
ホンダが、レースの上位にいて当たり前の時期でしたねぇ~。
観戦していても、楽しかったです。
レース終盤、2位に付けていた伊藤真一の転倒もありましたが
ガードナー/ビーティー組みの優勝で終わりファン冥利に尽きるレースでしたねっ!
なぜこんな、昔のレースの話を思い出したかと言うと前回の記事で懐かしくなり
古いビデオコレクションの中から探し出して見たからです。
ついでに、同じ頃のWGP500も見ちゃいました。(笑)
古いビデオコレクションの中から探し出して見たからです。
ついでに、同じ頃のWGP500も見ちゃいました。(笑)
やはり、「RVF750」や「NSR500」はカッコ良かったですねぇ~!
8耐を見て、影響されて「VFR400R (NC30)」を買ったぐらいですから。(笑)
8耐を見て、影響されて「VFR400R (NC30)」を買ったぐらいですから。(笑)