ここのところ、syrup16gを全く聞いていない。
気にしていないようで実は意識的に聞かないようにしていた。
この人たちの音楽はあまりにも暗くて、聞いてるこっちが辛くなってしまう
それよりも何よりも一番の理由は、浪人のまじでクソな時期に聞いてて、その時の記憶が思い出されるから(笑)
浪人してる時はとりあえず勉強して大学に行かなきゃって考えてて、辛いなんて思ったら負けだと思ってた
浪人したのは自分のせいだし、浪人してちゃんと勉強して大学行く選択をしたのも自分だったから、それを否定するわけにはいかなかった。
そうしたら、今置かれている現状すらも否定してしまう気がして
受験勉強なんてまさに自分との戦いのようなものなのに、これ以上自己否定を続けたら自分に負けて何も手につかなくなってしまうような気がして。
今思い返すと、大学に進学した周りから取り残されて一人でただひたすら勉強しなきゃいけなかった状況が恐ろしい。
孤独は怖いし辛いです、想像の何倍も
当時は人が苦手になっている時期だったから、逆に一人でいることが楽だし、心地よかったのかもしれないけど。
今の自分が同じ状況に投げ出されたら、絶対耐えられないと思う
まあ、結局のところ11月終わりくらいにめんどくさくなって予備校行かなくなるんだけど!(笑)
大学、受かって良かったと思う。こころから。
まあ、今さらにもなってその思い出したくない時代のテーマソングを聞き返すのは嫌だったわけです
だけど気まぐれに去年再結成して初めて出たアルバムの曲を聞き返したら、syrup16gはただ暗いだけのバンドじゃなくなったことを思い出しました。
(あくまで私の中でですからね。私の中だけのイメージ。解散前にも力強い曲はたくさんあった。)
確かに絶望的、悲観的、諦観的な言葉は並んでいたのだけど、解散前とは違う。
なんというか、芯が強くなったんですよね。
辛いけど、苦しいけど、もがきながら何とかしてやるぞっていう心意気がより感じられるようになったというか
もう何でもいいからっていう一種の開き直りを経て、穏やかになったというか。
きっと、再結成してバンドに未来を感じることができるようになったから、その分自分の受け取り方が変わったのかな?
今まではもう終わったバンドの終わった歌としか聞いていなかった。
けど再結成して、再発ライブに行って初めてこの目で五十嵐を見て、syrup16gというバンドのイメージが変わったのかもしれない。
あと、フロントマンである五十嵐が休養を経て精神的に安定したっていうのが大きい。
昔は今にもどこかに行ってしまいそうで消えそうでひょろひょろな歌歌ってたのが、少し肉ついてしっかりした感じ?(笑)蹴っても簡単には折れませんからどんとこいよ、ってくらいには安定したイメージがある。あ、もちろん見た目とかではなく。
「愛してるよ自分」なんて歌ってる五十嵐、再結成前は想像もつかなかったぞ??
だから聞いていて辛くなかったし、あろうことか少し元気を貰ってしまった(失礼)
これは地味だけど革命的な出来事だった。
だって、今までsyrupっていったら聞いてテンション下げに下げて感傷に浸るためのアイテムだったわけです、私の中では。
自分自身の心境の変化とsyrupの変化とが上手いことシンクしてくれたおかげで、嫌な記憶さえもが消化(昇華?)できそうだ。
というわけで、ここまで長く書いてきて結局のところは何が言いたいかというと、syrup16gさん再結成してくれて本当にありがとうということです。
聞くところによると、今年のkrankeツアーではがっちゃんがライブ楽しい!また来てね!という感じだったらしく。
五十嵐が楽しそうにしていた事実に何故か自分も一緒に嬉しくなってしまった。
よく知らない新規ファンにも関わらず、五十嵐が幸せでいてくれると嬉しいなあと思ってしまうのです。
彼には楽しく笑って生きて欲しいと心から願ってしまうのです。
母親か私は。
きっとsyrup16gファンには同じような人がたくさんいるに違いないと信じている(笑)