昨日は小学校1年生からの友人(♀)の結婚式に出席させてもらった。とてもとても素敵な式だった。
特に、新婦のお父さんが披露宴の余興としてサプライズで登場しサックスを演奏した場面が印象的だった。娘の結婚式に何かやってあげたいと、楽譜も読めないところから猛練習したらしい。曲は中島みゆきの糸。決して上手ではないけれど、娘への愛情がこもった演奏に会場中が涙した。
これはきっと昔からの友人である自分たちしか知らなかったのだが、新婦とこの父の間に血縁関係はない。彼女が幼稚園の時に母親が離婚し、以後小学校3年で再婚するまで、彼女は母親と2人で暮らしていた。中学に入ると彼女も思春期になり、両親とぶつかることが増えた。その度に「本当の父親じゃないくせに」と言っていたのを覚えている。今になって、その言葉は彼女なりの甘えだったのではないかと思うようになった。実の父でなくても叱ってくれる父親という存在がいるのは、思春期である中学生の成長にとって大切なことだ。父親がいるということが当たり前になっていて、その事実に甘えられるからこそ上記のような発言ができるのだ。私も母を亡くしていて、祖母に育てられて同じような経験をしているので気持ちが理解できる。
実の娘でない思春期の中学生を持った父親も、きっとたくさんたくさん悩んだのだろう。それでも大事な娘のために決して妥協せずまっすぐ向き合う姿にただただ尊敬する。娘を大学卒業させるという目標に向かってこれまで頑張ってきたのだそうだ。演奏の前に「〇〇ちゃん、今日もきれいだよ」と言った言葉にはどれだけの気持ちが詰まっていたのだろうか。
そんなことを考えてしまい、演奏中は涙が止まらなかった。
大人になると涙もろくなるというのは、考えることが多くなるせいだと思った。今までは自分本位であったのが、自分も成長し大人の気持ちも考えられるようになるからこそ、より泣けてきてしまうのだ。
結婚式のおかげで、自分も改めて親のありがたみを知ることができた。私もせめて祖母が生きているうちに結婚式を見せてあげられたらいいな、と思った。
披露宴の間、新婦のご両親が挨拶へ来てくれた。顔を見てすぐ名前を呼んでくれて、ああ覚えていてくれてるんだなあととても嬉しい気持ちになった。これが高校や大学からの友人だとそうはいかない。彼女との付き合いの長さを思うと感慨深いものがあった。
友人へ
改めて、結婚おめでとう。あなたの幸せを心から願います。