2024年12月30日
いつもわたしのブログを読んでいただいて
「いいね」や「コメント」いただいて
ほんとうにありがとう(*´∀`)♪
今年(2024年2月)こんなブログ記事を記させていただいたことがありましたね
この「ボニー・エリザベス・パーカー」と「クライド・チェスナット・バロウ」という
犯罪者のカップルです
金銭強奪とそれに伴う警察組織からの逃亡のため
13人もの罪なき人を殺しています
根っからの極悪人です
ただ大恐慌や禁酒法時代という時代背景からかもしれませんが
反体制の英雄として「祭り上げられ」て後日
映画化(俺たちに明日はない)や
宝塚の演劇モチーフ(凍てついた明日-ボニー&クライドとの邂逅(かいこう))に採用されたりもしました
でも凶悪な犯罪者には変わりありません
ただ
わたしが
なんでこんなに気になるのか
そのわけが受けさせていた施術でわかりました💦
もうお察しかもしれませんけど
これ「わたし」と「妻」の直近の過去世なんですね
ボニーという女性がわたし
クライドという男性が妻です
あれ?って思うでしょ?(笑)
そうなんです
この二人夫婦じゃないんです
だからなのかな?
わたしが「女性」なんですね
最初からそんな気がしてました
そのわけは
耳の形がお互いに
そっくりなんです💦
こんな過去世も「学び」のためにあったんだ
っておっしゃるひともいらっしゃることでしょう
でも「殺された」ひとや家族(遺族)にしてみれば
たまったもんじゃないですよね💢
で、こんなことをおっしゃる方もいらっしゃいます
殺された人も
殺される「経験」をするためだったんだって💦
ほんとうにそうなのかな?
まぁその辺の考察はみなさんにお任せします
でも
本気でそんなこと「おもって」おられますか?💦
わたし的には
「殺し」「殺される」という
「負」の連鎖(スパイラル)に囚われるように仕向けられているから
なんじゃないのかな?
憎んで憎まれるという
3次元世界の「(善悪や憎悪の)二元性」から逃れられないようにするために・・・・・
そんな気がしてます
でも「行った」ことの責任の全ては「わたしたち」にあります
それは間違いのない「事実」です
言い逃れはできません
そんな「どうしょうもない」二人ですが
純粋に愛し合っていたことは事実です
この二人の「最期」は
にも記させていただきました
ボニー・エリザベス・パーカー(Bonnie Elizabeth Parker)享年23歳
クライド・チェスナット・バロウ(Clyde Chestnut Barrow)享年25歳
同じ日、同じ時刻、同じ場所にて
その短い?人生を共に終えることになりました
1934年5月23日のことでした
そして
わたしと妻としてこの世に転生しました
地球人として
最期の人生です
思い残すことない「人生」を送っている
そんな気がします
少なくとも妻はそうであったようです
わたしもそんな残りの人生を悔いなく
過ごすため日々過ごさせていただいています
わたしを守護してくださっているすべての「存在」と
わたしと関わるすべての「ひとたち」に
改めて申し上げさせていただきますね
「ほんとうにありがとう」と
最後まで読んでいただいてありがとう♪( ´▽`)





