2019年8月4日
この時点での明日(2019年8月5日)から京都へ行きます。
一つは、伏見稲荷大社へ月参りするためです。
もう一つは、伏見稲荷大社・妻との約束そして・・・・・
で妻と約束した事を果たすためです。
家でスーツケースに必要なものを詰め込んで準備をしていた時でした。
「靴下」を選ぶ時に、タンスの引き出しの中に以前「妻からプレゼント」された「靴下」が視線の端に「見えた」のですが「無視」してしまったんですね。
多分、「これ履いてって」という「サイン」だったのでしょう。
すると、選んで出したはずの「靴下」が「片方だけ」スーツケースへ入れようとすると「見つからない」んです。
何度、探してもみつからない。
「そんなはず無いよな、確かに出したはず。」
タンスの引き出しという引き出し、スーツケースの中、他ありとあらゆる場所を探しても見つかりません。
「えぇ、何で?」
「どっか(どこか)へやっちゃった?」と聞くと。
「知らなーい。」と妻。
仕方がない?ので、妻からプレゼントされた「靴下」を用意しました。
そこで「直感」が。
「まさかな?」
前月の7月に引いた伏見稲荷大社の「おみくじ」を見てみます。
すると、
「おーい、お稲荷さんとグルかよ。」
「知らないよー。ふふふ。」
2019年8月5日
京都今宮神社へ
およそ11年ぶりです。
お参りを済ませて、目的の参道にある「あぶり餅」の店へ
妻との約2年越しの約束を果たすことができました。
ありがとうございます。
感謝、感謝、感謝。
後日譚
その後あの「靴下」がどうなったのか?
結論、出てきました。
それも別の「タンス」から。
ありえない!
「あっちの人たち」ってこんな事できるんですか?
そこで思い出したのが、鈴木啓介氏の著作
これに似たような描写が出てきます。
それで、翌日2019年8月6日に引いた伏見稲荷大社の「おみくじ」
「おーい。勘弁してよ。」







