4月21日、退院出来るかも知れない朝を迎えました。仮に、この日の診察でまた剥離が見つかれば、また退院が延期になってしまいます。

朝食后すぐに診察に呼ばれました。Y先生かなと思ったら、この日はS先生でした。診察室に向かうのにこれだけ緊張したのは、この日が初めてでした。

診察が始まりました。いつもどおり上を見てから一周して、結果は異常なし。晴れて退院となりました。29日にも及ぶ長い入院生活も、これでいよいよ終わりを告げました。

退院はお昼迄にすれば良かったのですが、だらだら病院に残っていると後ろ髪を引かれるような気がして、退院后の生活のガイダンスを受けてすぐに、慣れ親しんだ516号室を後にしました。

ナースステーションで入院中ずっとしていた左手首の患者IDを切ってもらい、これで5A病棟ともお別れです。ステーションにいた病棟スタッフがみんな、「おめでとうございます!」と言ってくれたので、入院中お世話になったお礼を述べて、エレベーターに乗りました。

エレベーターを降りてまず向かったのは喫煙所です。退院したらまず行こうと、入院中ずっと考えていました。こうして5A病棟以外の院内を歩くのも、実に28日ぶりのことです。車椅子で喫煙所に行っていた時の記憶を頼りに、何回か道に迷いながら、何とか喫煙所までたどり着くことが出来ました。

喫煙所でタバコをゆっくりと一本吸って、病院の外に出ました。外は雨が降っていて、傘の持ち合わせがない私はタクシーで帰ることも考えましたが、意外に料金が高いことを看護補佐さんから聞いていたので、バスで帰ることにしました。

しばらくバス停で待っていた後に、少し遅れてバスがやってきました。降りるお客が終わるのを待っていざバスに乗ろうとした時に、また遠近感がなくなっていることを思い知らされました。ステップに足をかけたのですが、それがステップの上なのかステップのへりなのかがわかりませんでした。もしへりの部分だったらつまづいて転んでしまうので、恐る恐る足を動かしてバスに乗り込みました。運転士さんは怪訝そうな顔をしています。結局、その場所はへりではなく、無事にバスに乗ることが出来、運転士さんに職員パスを提示したら、更に怪訝な顔をされました。

バスは北里大学病院を発車しました。これで本当に、病院にさよならすることとなりました。
タバコの話題をもう少し。2日后に、同じ5A病棟に入院している人と一緒に喫煙所に行きました。タバコを吸いながら話を聞くと、左目の網膜剥離で入院し、退院して一週間后の外来診察で今度は右目の網膜剥離が発覚し、再び入院したそうです。私も再発しましたが、この話を聞いてあらためて網膜剥離の恐ろしさを感じました。私の場合は入院中の再発でしたが、この人は退院してすぐの再入院でさぞショックだっただろうなと思いました。

結局、入院中は3回喫煙所に行きましたが、ひとつ不安だったのが、一回喫煙所に行くと、すぐにまたタバコを吸いたくなるのではないかと思っていましたが、25日間もタバコを口にしていなかったせいか、一回タバコを吸えばその日はもうタバコを吸わなくていられたのは幸いでした。前にも書きましたが、この入院での良かったことと言えば、それ以降は一日のタバコの本数がかなり減ったことでした。

私に喫煙を許可してくれたS先生にはただ感謝です。入院生活が長くなったからという特例でしたが、そうでもなければまず喫煙許可が出ることはなかったでしょう。

退院前日になりました。心は既に退院モードでしたが、一ヶ月をこの北里大学病院で過ごし、病院スタッフに良くしてもらっていたので、退院するのは嬉しくもあり、また寂しくもありといったところでした。消灯后は、その思いと、3月22日に網膜剥離が判明してから今日までのことがいろいろと思い出されてなかなか寝付けませんでした。
夕方、最後のお見舞い客として会社の同僚2人が来てくれましたが、「今病院に着いた。これから部屋に行く」というメールがきてから、一向に部屋に来る気配がありません。ようやく姿が見えたので聞いてみたら、いつかそういう人がいるだろうとは思っていましたが、間違えて北里東病院に行ってしまったとのことでした。

ついに退院の時を迎えることが出来ましたが、3月終わりにあった退院の話から一転、翌日に再剥離ということもあったので、翌日の診察結果が出るまでは、まだ退院出来るかどうかは疑心暗鬼でした。
「後で看護師に話しておきます。でもいいですか、本当はタバコはだめなんですから、一日一回ですよ。それから看護師の目を盗んで自分で歩いて行ってはいけませんよ」 S先生は前にも言ったことを繰り返し、ようやく本当に喫煙を許可してくれたようです。

初めて喫煙所に行けたのは、この会話から3日ぐらいしてからでした。またもやS先生は看護師さんに伝えるのを忘れていたようです。
4月18日、昼食が終わってから看護補佐さんが車椅子を持って迎えに来てくれました。多忙な看護補佐さんの手を煩わせてはいけないと思い、歩いて行く旨を話しましたが、S先生の指示とのこと。「気にしなくていいですよ」と言われ、車椅子で行くことにしました。

5A病棟から喫煙所までは、自分の足で歩いていかなかったので、迷路のような印象を受けました。今、同じ道のりを歩けと言われたら、間違いなく迷子になることでしょう。

喫煙所に着きました。S先生は一日一回と言いましたが、一日一本とは言わなかったので、まとめて何本か吸おうと思い、看護補佐さんには「15分したら迎えに来てください」とお願いしました。私がタバコを吸っている間じゅう待っていてもらうのは、多忙な看護補佐さんには悪いという気持ちもありました。
いよいよ、25日ぶりにタバコが吸えます。久々に頭がクラクラする感触が味わえると期待したのですが、残念ながらそれはありませんでした。目だけではありましたが、体調が良くないので、そちらのほうに神経がいっていたのかも知れません。それよりも気になったのが、ベッドの上にいる時には気がつかなかったのですが、入院してからあまり目を使っていなかったためか、それとも術後の後遺症からか、遠近感がなくなっていました。タバコの灰を灰皿に落とそうとしたのですが、灰皿に差し出したタバコが、本当に灰を落とす場所にあるのかどうかがわかりませんでした。迷っていたら隣の人が慌てて、「どうぞどうぞ」と、灰皿を私のすぐ近くに移動してくれました。車椅子に乗って、目にアルミの眼帯をして灰を落とす場所もわからない私を、重症患者だと思っていたのかも知れません。