かんたん♪オーラの見方
皆さんの体は物質的な体ともうひとつ、星の体があります。ええ、言い切りです。だってあるんだもーん♪見えないにしても感じる人は実はたくさんたくさんあるのですよ。日本語にはオーラの存在を認識している日本語がたくさんありますよね。一度「気」のつく単語を調べてみてください。思いつくままに挙げてみるのもいいですよ。
「元気」「勇気」「短気」「損気」「気質」「空気」「雰囲気」「邪気」「霊気」「覇気」「気風」「気功」「気候」「殺気」・・・どれも一発変換で出てきますね。
「気」とは風のような「大気」(地球の気ともいえますね)を指す意味と、心の動きを指したり「気配」という見えないものを示したりしています。日本人は「気」を身近に感じて生きていますから、オーラは気の一種ですので見えたり感じたりするのはそんなに難しくないし、格闘技などをしていれば嫌でも存在を認めざるをえなくなるはずです。音楽もそうです。格闘技と音楽とは「気」という観点からはとてもよく似た動きをするんですよ。
この話はまたにするとして、ここではオーラの見方です。簡単に誰にでも肉眼で見る練習が出来ますのでご紹介しましょう。第三の目は開いてなくても全然大丈夫ですよ♪
まず背景が黒や机の下のようなくらい場所に手を広げてみてください。そのまま目を細めると指先がピョーっと長く伸びて光って見えますね。おしまい。
「え、それだけ?」
はい、それだけです。
「これってタダの目の錯覚なんじゃ・・・(汗」
その疑心暗鬼が、見えなくしているのです。
ですから目を細めると指先がピョーっと長く長く光ってるのは事実そう見えているじゃないですか。オーラや見えない世界を見る訓練で一番よくないのが「理屈をつける」ことです。失敗の原因は自分の狭い狭い知識の範囲で「見えたもの」に理屈をつけて説明しようとすることにあります。
オーラの世界は人間の物質的なレベルを超えてもっともっと高い次元まで無限に繋がって広がっている世界です。(チキュウ的な表現で言えばですけど・・)ですから人智といったせいぜい数千年の歴史しかない「科学」で証明できる範囲を超えているものを一生懸命「科学」の範囲で証明したらずれて当たり前じゃないですか。
たとえば、私達は数学で「平行な2つの線分は交わらない」と習いますけど、実際には「平行な2つの線分は交わる」のです。普段使う日常的なレベルでは交わらないけど、宇宙のレベルの幾何学では交わらないと困ったりします。「科学」は「どこからどこまでの範囲で切り取ってその範囲の中ではこうなりますよ」という学問なのだとエミリオは思っています。それが証拠にしょっちゅう「新発見!」とかいって学説が変わってるもの(笑)
ですから私よりうんとアタマのいい学者ですらその程度の知識なのですから、私レベルの智恵などで「判断」してはいけないのですよ。
まずは「判断する」癖をやめましょう。
見えたもの、感じたものを、見えたまま、感じたままに「判断しないで」味わってみてください。指先がピョーっと伸びてみえた人は手の方向を変えてみたり、指を動かしたり両手を重ねたりしてみましょう。慣れるにしたがって明るいところでも見えてくると思います。目の細め加減もいろいろ変えてみましょう。「視点」を変えると世界が違って見えることを楽しみましょう。
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「元気」「勇気」「短気」「損気」「気質」「空気」「雰囲気」「邪気」「霊気」「覇気」「気風」「気功」「気候」「殺気」・・・どれも一発変換で出てきますね。
「気」とは風のような「大気」(地球の気ともいえますね)を指す意味と、心の動きを指したり「気配」という見えないものを示したりしています。日本人は「気」を身近に感じて生きていますから、オーラは気の一種ですので見えたり感じたりするのはそんなに難しくないし、格闘技などをしていれば嫌でも存在を認めざるをえなくなるはずです。音楽もそうです。格闘技と音楽とは「気」という観点からはとてもよく似た動きをするんですよ。
この話はまたにするとして、ここではオーラの見方です。簡単に誰にでも肉眼で見る練習が出来ますのでご紹介しましょう。第三の目は開いてなくても全然大丈夫ですよ♪
まず背景が黒や机の下のようなくらい場所に手を広げてみてください。そのまま目を細めると指先がピョーっと長く伸びて光って見えますね。おしまい。
「え、それだけ?」
はい、それだけです。
「これってタダの目の錯覚なんじゃ・・・(汗」
その疑心暗鬼が、見えなくしているのです。
ですから目を細めると指先がピョーっと長く長く光ってるのは事実そう見えているじゃないですか。オーラや見えない世界を見る訓練で一番よくないのが「理屈をつける」ことです。失敗の原因は自分の狭い狭い知識の範囲で「見えたもの」に理屈をつけて説明しようとすることにあります。
オーラの世界は人間の物質的なレベルを超えてもっともっと高い次元まで無限に繋がって広がっている世界です。(チキュウ的な表現で言えばですけど・・)ですから人智といったせいぜい数千年の歴史しかない「科学」で証明できる範囲を超えているものを一生懸命「科学」の範囲で証明したらずれて当たり前じゃないですか。
たとえば、私達は数学で「平行な2つの線分は交わらない」と習いますけど、実際には「平行な2つの線分は交わる」のです。普段使う日常的なレベルでは交わらないけど、宇宙のレベルの幾何学では交わらないと困ったりします。「科学」は「どこからどこまでの範囲で切り取ってその範囲の中ではこうなりますよ」という学問なのだとエミリオは思っています。それが証拠にしょっちゅう「新発見!」とかいって学説が変わってるもの(笑)
ですから私よりうんとアタマのいい学者ですらその程度の知識なのですから、私レベルの智恵などで「判断」してはいけないのですよ。
まずは「判断する」癖をやめましょう。
見えたもの、感じたものを、見えたまま、感じたままに「判断しないで」味わってみてください。指先がピョーっと伸びてみえた人は手の方向を変えてみたり、指を動かしたり両手を重ねたりしてみましょう。慣れるにしたがって明るいところでも見えてくると思います。目の細め加減もいろいろ変えてみましょう。「視点」を変えると世界が違って見えることを楽しみましょう。
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