「幽霊は信じないよ、見たことはあるけれどね。」 | デュシャンの子供たち

「幽霊は信じないよ、見たことはあるけれどね。」

リーグオブレジェンドの主人公の台詞。

タイトル: リーグ・オブ・レジェンド 時空を超えた戦い アルティメット・エディション

画像を入れたかったのですが、アメブロまたもや故障のようで、タグの位置が隠れてしまって表示できず。プンスカ。ランキングもめちゃめちゃですしね。
結構面白い映画でした。ドリアン・グレイやヴァンパイヤや透明人間がパーティを組んで活躍する冒険活劇です。ちょっとした息抜きにお奨めですよ。

と、話がそれてしまいました。
私は基本的に幽霊は見ません。見ないと決めたから見えませんっ!と言ったら知り合いの占い師に「見えないのと見ないのは違いますよ」と笑われました。

幽霊はいるのかいないのか、そういった論争をする人達はまず見えない人達です、間違いありません。ウチュウジンはまずそういった論争は無意味なのでしません(笑)もし自分に見えないからといって相手にも見えないとなぜ決めることができるのですか?目の前の相手が一生懸命あなたに聞いて欲しくて話しかけているのに何を理由にアタマから否定するのでしょう?

人との関係は、まず相手の話を聞く所から始まるのであって、あなたの信じるものが神であろうと科学であろうと、関係ないのです。相手を信じることと、幽霊の存在を信じることを混同してはいけません。あなたの信じる科学がたとえ幽霊の存在を否定することに成功し証明していたとしても、目の前のあなたの友人や家族が心を開いてあなたに話しかけている事は「事実」であるし、相手にとってその人の固有の体験として、その人は「事実」を語っているのだからです。あなたの信義が何かなんて話を相手の人はひとつもしていないのですから。

妄想だと決め付ける前に、相手の目を見ればある程度わかります。たとえ妄想であっても、その人にとってあなたに語りたい何かがその会話からあるのは確かなのでそこに注意を払えば、幽霊が存在するかなどはあまり関係ないと思います。幽霊に対して執着することが害になると思った場合にはじめてそうアドバイスしてあげればいいのです。

それが幽霊でも神さまでも天使でも妖精でも同じことです。
あなたが目に見えるものしか信じることが出来ない心の狭い人間(笑)であってもなくても、変わらない事実がそこにあるのです。

「あなたに見えないからといって誰もが見えないわけではない。」

例えば視力が4.0の人がいます。といったらあなたは信じられますか?
実際アフリカには視力が4.0ある人達がいます。日本にもいるかもしれません。4.0といえば地平線ぐらいの遠い茂みに、夜、動物が何匹潜んでいるか数えられるぐらいの視力だそうです。しかし私達にはただの暗闇にしか見えないはずですね。自分に見えないからといって、何もないとは限らないし、そこになにものかが潜んでいたとしても、見えても見えなくても殆ど影響はないでしょう。それと同じことだと思うのです。

ちなみにエミリオは視力が1.5か2.0ぐらいはあります。直線の大通りの場合、ひとつ手前の停留所にバスが到着するぐらい近づくと、何番が来たかわかるので少しだけ便利です。見えないより見えるほうが便利なのは普通の視力でも同じこと。ですからもし幽霊やら妖怪やら妖精やら天使が見えたとしても、そりゃあ怖いかもしれませんがきっと使い方次第で便利に出来るはずですよ。視力がほんの1ほどいいだけでこんなに便利なんですから幽霊が見えるほうが絶対にもっともっと有意義な能力にすることが出来ると思いますよ。ですからヘンジンだと思われるのを怖からず、ウチュウジンを見つけて、話してみてくださいね。エミリオは嘘だなどと思いません。ウチュウジンはほら吹きと嘘つきは一瞬でわかるのです。もし嘘をついてやろうというのであっても、騙されたフリをして話をきくのも楽しいですし、嘘つきでもかまいませんよ♪

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