ウチュウジンの見たデュシャン展 | デュシャンの子供たち

ウチュウジンの見たデュシャン展

テレパシー実験でおなじみ、あかんたれ君のデュシャン展の感想をご紹介します。彼は絵の知識はあまりない人ですが、ウチュウジンヴィジョンで生活しています。いわゆるインディゴチルドレンです。殆ど開きっぱなしなのでチキュウのルールがいまだによくわからないまま厳しく育ててもらったおかげで悪い方にもいかずグレず、良い子に育ちつつあるウチュウジンです。彼の性格はネズミやイヌに近いのでとても愛らしいです。ではではご紹介。

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デュシャン展。私も感想を。平日に行った。
展覧会には 入り口で財布残高300円。
銀行でおろすのを忘れてた。
美術館へ行く途中、道を尋ねてきた婦人が、
ここまで連れてきてくれたお礼にと、
入場券をおごってくれた。
ラッキーで入れた。

花嫁が1番好きです。

絵が。絵には人は集まらなかったんだけど、
絵をずっと見てた。人がほんまいない(笑)
絵は生が見たいし、ずーっと見てしまってた。
花嫁が1番伝わったというか、なんというか。好き。
デュシャンは花嫁好きだったのかな、祝わないといけないのに、
嫉妬しちゃたのかな。でもとっても綺麗だったのかな。
私には幾重にも重なった時間が勝手に見えて好きだった。
辞書のような分厚さのアルバムのページがどんどんめくれていく。
表紙を開ければ全ページ透けて見えるような。

個人的になんかとても、目線がエロいわぃ(笑)と思ったわけで。
花嫁がなまめかしく、やりたかったんやろな、とか思った(ごめんやで)
花嫁衣装着てても俺脱がしてんやぞという感じでなぁ。
その花嫁への気持ちは決して美しいものではないと、勝手に思った。
それととても占有欲を感じた。張り付く視線な。

私に絵のうまいヘタは解らないのだけど。
なんか映ってくる世界が好きでなぁ。優しく流れてくるものもあった。
普通の人には、どうしても花嫁に見えない絵なんだけど(笑)
ずーっと花嫁見てました。

なんて、勝手に感じてました。正解かどうかしらんし、知識だってない。
また別の時に見たら、印象が変わるんだろう。

なので階段シリーズと、花嫁のレプリカは同じく激怒。
蛍光灯やんけー゚・(ノД`)゚。・゚
大事に持っていたものが遺作後、全て粉砕されたから。
好きだった森村とやなぎみわさえが嫌に見えてしまった。
横尾微妙(笑)
リスペクトも間違うとこうなるのか。
誰かの真似は絶対嫌だと激しく思った。過去の私では考えられないもんだろう。

レディメイドは別にいらないというか、見るものでは
ないだろうと、勝手に思ってた。写真でいい。さっとみた。
心に残らなかった。発想が面白いだけで、
作品として見るものか?とは思う。
私の時もあそこが1番人気で人だかりでした。
みんなあれが好きなのかな。
私の好きな贈り物がなくて残念。

大ガラスはびっくりした。初めて見たから、嬉しかった。
レプリカでも嬉しかった。
トランクケースも好きで欲しかった。可愛い。こういうの昔雑誌の付録で持ってて。大事にしてた。
みんな作れるように、とあるところもいい。
グリーンのノートだったか。
あれはじろじろ見てしまった。デュシャンはすいません、何故か平面が好き。


遺作は遺作とわかんなかった。
遺作とわからず普通に見て通り過ぎ、後続者の作品群の後
出口が見えて、
「あれ?遺作ってなんですかね?」と逆戻り。
のぞき込んだアレだったのか、ごめん、全然女に見えず、
ブタが寝てるんかと思った。
もう一度戻って見た。ブタと思ったら人でした(爆)

…。あ、花嫁への気持ちだ。花嫁じゃないけど。
と勝手に思った。


私は観賞する力が無いのかもしれない。
すっごく「お笑い展覧会」に見えたから。
芸術というより、アイロニーたっぷり。意地悪なやっちゃなって印象で。
立体風刺画に見えて、おかしかった。本当におもしろかった。
遊ぶって楽しいんだね。

やっぱり芸術はわかってないです。
失格です。

マルセル・マルソー
マルセル・カルネ
マルセル・デュシャン 皆私の好きな人おなじ名だ(笑)

下手くそながら、マルソーみたいにマイムをやってみて、
ある日突然あの時はなんだったかを解りだし、
そしてある日突然、鮮烈に思い出して
本当に心に染み渡る日が来るかもしれません

一つ解ったことは皆が好きなデュシャンと
私の好きなデュシャンが違うことです
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あかんたれ君はヘタな評論家よりも見えてますねやっぱり。
デュシャンをリアルタイムで鑑賞できない我々の世代としては、目の前に提供されたものの順番にしか鑑賞しようがなく、元を知らないまま、ちまたに溢れている現在のアーティストを先に知ることになります。たとえ焼き直しであっても、その大元の思念は偉大なので、焼き直しの作品を通してでも滲み出ているものに心引かれる。しかし元ネタのデュシャンを見てしまうと、それまで自分が好きだと思っていた何某かが実はそれを好きなのではなくそれを通して見えていた光のほうを好きだったことに気づく時、色あせてしまうのです。あかんたれ君を魅了していた元の光はデュシャンだったのでしょうね。

花嫁はエミリオ、高校生ぐらいの時に一番好きな絵のひとつでした。他のキュビズム作家の作品よりうんと色っぽくて好きです。美しくなければ芸術ではないとエミリオは思いますので便器もトランクも角砂糖も花嫁も美しい。コンセプチュアルアートの多くはコンセプトはまぁスバラシぁったとしても美しくない。キタナイものはダメです。キタナイというのはこの場合無粋なもののことです。デュシャンはお洒落で粋なのです。このバランスは勉強ばっかりやってるアホにはわかりません。あかんたれ君のような芸術のミカタなど勉強したことがない人に突っ込まれるようなゲイジュツは屁ですよね。解説がないと何かわからんようなもん、ゲイジュツではないのです。ですからレディメイドはやっぱり芸術運動ではあってもゲイジュツじゃないのですよね。

あかんたれ君、「マルセル繋がり」にやっと気づきましたか(笑)

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