お肉のテンション | デュシャンの子供たち

お肉のテンション

あなたはどんなごはんが好きですか?毎日お肉が食べたい方ですか?焼肉、美味しいですよね。エミリオはお肉の中ではスキヤキが一番好きです。でも、今ではお肉は殆ど食べなくなってしまいました。

というのは、ある時期から肉類を殆ど食べたくなくなったからです。どういうわけかいらない。食べてもあまり美味しいと思わなくなった。ヤスモノの防腐剤や発色剤で赤く染められたお肉にいたっては気持ち悪くて受け付けなくなってきました。当時、特に食事に気を使っていたわけではなくどちらかというとコンビニにもファミレスにも慣れて友達と一緒なら平気なぐらいで、どちらかというと食事にはあまり興味がなく、偏食でした。

にも関らず、お肉が食べたいと思わなくなった。反対に今まであまり好きでもなかったお野菜がとても美味しいと思うようになりました。それでお肉を食べなくても栄養のバランスのいい食事はないものかといろいろ調べました。そうやって調べていくと、色々なことがわかってきました。お肉は決して良質のたんぱく質とは限らず、採り過ぎるとむしろ血を汚してしまうということ、日本人の体質で日本に暮らすのならばお肉は食べる必要性がないということ、植物性たんぱく質で一日に必要なたんぱく質は充分摂取でき、お肉以上に良いということなどです。

私達が生きていくために毎日食べているものは全て他の生き物だと、普段は殆ど意識していないような気がします。お肉は植物以上に心ある生き物で自然界では食物連鎖の掟があり、天敵に襲われると死にたくないから必死で逃げる生き物です。しかし人間が食べるお肉は大抵自然のお肉ではなく、飼育された動物のお肉で、自分達で捕食するのではなく、今では業者がいて精肉されたパックのお肉を買って食べるだけなので、私達は普段直接「手を下さず」に食べていますが、殺さなくては食べれないという事実を忘れがちですよね。

頭ではわかっていても実感がない、と思いませんか?

インドのヨガの修行かなんかをしていた人から聞いた話ですが、もしお肉を食べるとしたら何が一番良いでしょうという質問に対してえらいお坊さんが答えたのは「牛、鳥、豚」の順番にマシになるのだそうです。牛が一番よくないと。

その理由は、殺し方にあるのだそうです。牛は頭がいいので自分が屠殺されることに早い段階で気がついてしまうのでとても悲しむのだそうです。ですからつまりテンションがあがってしまうので、その悲しみがお肉に記憶されるので、その悲しみを食べることになるからよくないのだそうです。豚は比較的気づく前に一瞬で死ぬのでテンションが牛よりは低いのでまだマシということになるのだそうです。

私はこの話を聞いたとき牛はわかるが、鳥より豚のほうが賢いのになぜ鳥のほうがテンションの順位が高いのだろうと思いました。

用事が遅くなる時などによく使う近道があります。その道の途中に「○○食鶏」という会社があります。会社の前にはトラックが何台か止まり荷台にはギッシリと牛乳のケースのような小さな箱にぎっしりと鶏が詰まっています。カワイソウなぐらいぎゅう詰めです。夜中に通ると鶏はぎゅう詰めのまま眠っているのか静かでした。

ある日のこと、いつもより時間を食って夜明け近くになり、いつものように近道を通ったのですが、その会社はシャッターが全開でなぜか一番表側に鶏の殺す機械がありました。かごから両足を掴んで逆さまにされ、その機械のフックに足をひっかけるとコンベアーのように流されて、黒っぽいカーテンの向こうに消えていくのです。

静かないつもとは違い、周囲は鶏の叫び声で包まれました。遠くからでもその声は響き渡っていました。まだかごの中にいる鶏も全部、大恐慌を引き起こしていました。彼らからは何が起こっているか見えるわけはないのに、鳥は集合意識が発達しているので、仲間の死を敏感に感じ取るのだと思います。見えてはいなくても今まさにすぐ傍で自分達の仲間が大量に虐殺されるのでその恐怖を感じ取って彼らは「逃げなくては」という必死の声をあげているのでしょう。

これでは・・・知能の問題ではなく、動物の意識のタイプとして鳥のような集合意識の発達した生き物で、生きながらにして箱に押し込まれ食品として扱われ、散々恐怖を味わって逆さづりになって死んでいくようでは、そりゃあテンションは驚くほど高いに決まっています。

わたしはそれを見てしばらくは鶏肉が食べれなくなりました。
カワイソウだとかそういう感傷とは少し違います。
私達は、生きている以上、絶対に他の生き物の命を奪わなければ生きていけません。ですからカワイソウであっても直接ではなくとも、間接的であっても毎日命を奪っているのだという現実をあまりに考えてこなかった自分にむかついたのです。

そして、必要なだけを殺せばいいのに、大量の無駄な殺しがあることに悲しくなったのです。鶏といえど、死ぬのはとても怖いのです。
エミリオはウチュウジンなので、普通の人よりは簡単に彼らの恐怖にリンクしてしまうので、彼らがどんな恐怖を感じていたのか少しわかってしまいました。いつもの通り道でふいをつかれたので、鶏たちの意識をシャットアウトするのが遅れたというか、光景にショックを受け、ついついリンクしてしまったからです。

人間は鶏を食べるので殺さなくてはいけないのは仕方がないし、私達が手を汚すかわりにキビシイお仕事をしてもらっているのだという事はありがたいことなのだと思います。でも出来ることならばもう少し死ぬ前の恐怖を感じさせない方法が見つかるといいのになと思います。

そしてあんなに生きたいという願いを聞いてしまった以上、お肉をいただく時には感謝を込めてありがとうと、この命もらってしっかりがんばりますと手を合わせるのは、当然のマナーだと思います。

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