正しい煙草のやめ方:その2
煙草を「やめるのは辛い、苦しい」というのはある程度そういう側面がありますが、実際には禁煙に成功した人達が自分達がいかに立派なことをしたか吹聴したいがために、ことさら武勇伝に仕立て上げた「神話」だと疑って罹ったほうがいいです。なぜなら、禁煙はちょっとはしんどいですが、そーんなにえらそうに自慢するほどしんどくないからです(笑)
またついちょこっと吸ってしまう。
一日だけ吸ってしまう。
その時に罪悪感を感じ挫折する、というのもものすごくいけません。
まず誰に対する罪なのかよく考えましょう。
煙草は元々中毒ですし、今まで随分助けてもらってきたのだから懐かしくまたその依存状態をちょっと味わってみたくなる、それの一体何が悪いのか?開き直りではなく、本当に何がいけないのか理由を考えてみてください。いかにしょーもない理由ばかりかわかると思います。
煙草を吸うのは何もワルイコトではない。
ワルイコトなのは、道路でくわえ煙草をして灰を撒き散らしたり、道に吸殻を捨てたりすることです。これは他人に灰や煙をかけるという迷惑行為だし、吸殻は土に還らないので非常に環境に悪い行為ですから、ニンゲンのレベルでのワルイコトに相当しますから、うんと罪悪感を持ってください(笑)
煙草をやめるよりマナーを憶えるのがあなたは先ですよっ!(怒)
ではでは煙草を吸う事そのものはどの程度ワルイコトでしょう?
副流煙が他者の肺を汚すというなら人前で吸わず喫煙所で吸えばいいし、自宅でも喫煙部屋を設けるとか、工夫すればマナーは幾らでも守れます。
自分自身の健康被害は確かにありますね。でも食品添加物や排気ガスと比べて特別煙草だけが極端に被害の程度が大きいわけでなし(多少は高いですが)何もやめにくい煙草からやめる必要はなく、もっと自分のやりやすい健康維持の方法から順番に実践すればいいだけのことです。お酒を控える方が簡単ならそうすればいいし、無農薬野菜や玄米食を実践すればいいのです。
チョコレート中毒の人は煙草は簡単にやめれても、チョコはなかなかやめれませんし、逆に煙草中毒の人はチョコが何日食べなくても平気です。誰でも得意不得意があって、あなたの場合はそれが煙草なだけ。
試しに他の嗜好品を少しやめてみてください。例えば比較的好きな食べ物、お肉を1週間食べないとか、1週間白いごはんを玄米にしてみるとか、なんにでもソースやお醤油をジャブジャブかける癖をやめてみるとか。
もし全然大丈夫で平気ならあなたの意思が弱いせいではないので、煙草がやめれないから自分は意思の弱いダメな人間だという思い込みは捨てましょう。
無意味な自滅感が禁煙をより難しくしているのです。
あなたはダメなニンゲンではない。
煙草そのものにも罪はありません。
あなたがどう煙草と関るのか、
その観念のあり方に答があります。
自分はダメでもないし他にも人間としてひとつづつ変えていったほうがいい習慣や心のあり方など山のようにあるのですから「やりやすいものからやっていけばいい」と私はおもいます。もしあなたが今すぐ生死に関るほど煙草をやめなくてはいけないようなら、「生きたい」という欲求のほうが煙草を吸いたい気持ちより強ければ必ずやめれますから、若くて元気な間はゆっくりひとつづつ解決していけばいいのです。それをちゃんと知ってさえいれば、煙草は必ずほどよい時期に本当にやめたければやめることが出来ます。
ですから「禁煙は苦しい」「煙草を吸うのはワルイコト」「禁煙できない自分はダメな人間」といった間違えた観念を先に手放しておくことです。
そして吸う時には思いっきり楽しみ、「煙草は健康に悪い」という側面があろうとも同時に私にとっては「楽しいのだ」「美味しいのだ」「シアワセなのだ」「助けてくれてるのだ」というプラスの側面をしっかり味わい楽しみつくすことです。私は煙草を毎日吸っていた頃と、今と比べてみても、この信念には何も替わりがありません。むしろ、煙草を吸わなくなってからのほうが、この信念は確信になりつつあります。
今となっては、あの淋しく辛かった時代、1人で立つのがおぼつかなかったあの頃、私を支えてくれた煙草に感謝しています。心が壊れそうなさびしい夜にふーっと一服する事で平常心を取り戻し穏やかな気持ちになれたのはたとえ幻想であったとしても、事実なのですから。
古き良き友との別れはつきものです。
ありがとう、でもさようなら。
それが今ならあなたは煙草を手放せるでしょう。
明日なら、明日までは楽しくやればいいじゃないですか。
そして明日、さようならを言えばいい。
これがウチュウジン流正しい禁煙法です。
またついちょこっと吸ってしまう。
一日だけ吸ってしまう。
その時に罪悪感を感じ挫折する、というのもものすごくいけません。
まず誰に対する罪なのかよく考えましょう。
煙草は元々中毒ですし、今まで随分助けてもらってきたのだから懐かしくまたその依存状態をちょっと味わってみたくなる、それの一体何が悪いのか?開き直りではなく、本当に何がいけないのか理由を考えてみてください。いかにしょーもない理由ばかりかわかると思います。
煙草を吸うのは何もワルイコトではない。
ワルイコトなのは、道路でくわえ煙草をして灰を撒き散らしたり、道に吸殻を捨てたりすることです。これは他人に灰や煙をかけるという迷惑行為だし、吸殻は土に還らないので非常に環境に悪い行為ですから、ニンゲンのレベルでのワルイコトに相当しますから、うんと罪悪感を持ってください(笑)
煙草をやめるよりマナーを憶えるのがあなたは先ですよっ!(怒)
ではでは煙草を吸う事そのものはどの程度ワルイコトでしょう?
副流煙が他者の肺を汚すというなら人前で吸わず喫煙所で吸えばいいし、自宅でも喫煙部屋を設けるとか、工夫すればマナーは幾らでも守れます。
自分自身の健康被害は確かにありますね。でも食品添加物や排気ガスと比べて特別煙草だけが極端に被害の程度が大きいわけでなし(多少は高いですが)何もやめにくい煙草からやめる必要はなく、もっと自分のやりやすい健康維持の方法から順番に実践すればいいだけのことです。お酒を控える方が簡単ならそうすればいいし、無農薬野菜や玄米食を実践すればいいのです。
チョコレート中毒の人は煙草は簡単にやめれても、チョコはなかなかやめれませんし、逆に煙草中毒の人はチョコが何日食べなくても平気です。誰でも得意不得意があって、あなたの場合はそれが煙草なだけ。
試しに他の嗜好品を少しやめてみてください。例えば比較的好きな食べ物、お肉を1週間食べないとか、1週間白いごはんを玄米にしてみるとか、なんにでもソースやお醤油をジャブジャブかける癖をやめてみるとか。
もし全然大丈夫で平気ならあなたの意思が弱いせいではないので、煙草がやめれないから自分は意思の弱いダメな人間だという思い込みは捨てましょう。
無意味な自滅感が禁煙をより難しくしているのです。
あなたはダメなニンゲンではない。
煙草そのものにも罪はありません。
あなたがどう煙草と関るのか、
その観念のあり方に答があります。
自分はダメでもないし他にも人間としてひとつづつ変えていったほうがいい習慣や心のあり方など山のようにあるのですから「やりやすいものからやっていけばいい」と私はおもいます。もしあなたが今すぐ生死に関るほど煙草をやめなくてはいけないようなら、「生きたい」という欲求のほうが煙草を吸いたい気持ちより強ければ必ずやめれますから、若くて元気な間はゆっくりひとつづつ解決していけばいいのです。それをちゃんと知ってさえいれば、煙草は必ずほどよい時期に本当にやめたければやめることが出来ます。
ですから「禁煙は苦しい」「煙草を吸うのはワルイコト」「禁煙できない自分はダメな人間」といった間違えた観念を先に手放しておくことです。
そして吸う時には思いっきり楽しみ、「煙草は健康に悪い」という側面があろうとも同時に私にとっては「楽しいのだ」「美味しいのだ」「シアワセなのだ」「助けてくれてるのだ」というプラスの側面をしっかり味わい楽しみつくすことです。私は煙草を毎日吸っていた頃と、今と比べてみても、この信念には何も替わりがありません。むしろ、煙草を吸わなくなってからのほうが、この信念は確信になりつつあります。
今となっては、あの淋しく辛かった時代、1人で立つのがおぼつかなかったあの頃、私を支えてくれた煙草に感謝しています。心が壊れそうなさびしい夜にふーっと一服する事で平常心を取り戻し穏やかな気持ちになれたのはたとえ幻想であったとしても、事実なのですから。
古き良き友との別れはつきものです。
ありがとう、でもさようなら。
それが今ならあなたは煙草を手放せるでしょう。
明日なら、明日までは楽しくやればいいじゃないですか。
そして明日、さようならを言えばいい。
これがウチュウジン流正しい禁煙法です。