正しい煙草のやめ方:その1 | デュシャンの子供たち

正しい煙草のやめ方:その1

中毒といえば、日本でもっとも多くてもっとも難しそうなものに、煙草がありますよね。禁煙ってほんとに辛い。一度やめても一服したらすぐ元に戻ってしまうというのもよく耳にします。私の周囲にも「やめないといけないんだけどね、せめて軽いのにしてるんだけど・・」と言う人に限ってチェーンスモーカーというのもひとつのパターンのように思えます。

さて、禁煙は果たしてそれほどまでに難しいのでしょうか。
答えはYESです、私も仲間でしたからね。
暫く禁煙、は結構できるのですが、ちょっと一服もらい煙草が命取りに。そういう人は本当にたくさんいると思いますし私もそうでした。
それで読むだけでも禁煙できる人がいるという本を読んでみることにしました。


著者: アレン カー, Allen Carr, 阪本 章子
タイトル: 禁煙セラピー―読むだけで絶対やめられる

「禁煙セラピー」なかなかいいタイトルで、書いてあることも納得することばかり。でもやめれませんでした(笑)ただ、読む価値はあります、読んでおくことが大事だったなと、後から思いましたのでこれから禁煙をする方にはお奨めの一冊です。

わたしはヘビースモーカーではありませんでしたから、一日二日すわないのは元々平気でした。同席する友人がノンスモーカーならもちろん一緒にいる間は吸いませんし、特に食事の席では遠慮するのがマナーです。これはどんなに中毒がひどくてもガマンするのがマナーだし思いやりというもの。案外ヘビースモーカーよりもこの手の「ちょっとぐらいはガマンできる」人のほうがやめにくいようなのですね。ちっとも懲りませんから(笑)

煙草を吸う自分が徹底的に嫌になったり、或いは大きな疾患を抱えていたりすると決心しやすいようですがそうでもない限り、いくら中毒の原理を知っていてもやめれたりしません。大事なのは自分の性格にあった禁煙法を選ぶことにあると私は思います。
つまり禁煙のコツは「自分の性格をよく知って、自分にできる禁煙法を選ぶ」のが賢いということになります。じゃあ何が自分にとってよい禁煙法か?

いろんな禁煙応援サイトやクリニックを見て回りましたが、どこも、煙草を吸うのを辞め続ける、いわば「根性試し」というしんどそうなものばかり。いいですか、一生ですよ、一生。もう生きている限り、こーんなに楽しいものをやめなくてはイケナイ。そんなの人生の楽しみのひとつを完全に奪われるってことじゃないですかっ!!と思いませんでしたか?私は思いました。

ので、禁煙することをやめました。

わたしは何かを「禁じる」というほど、精神的にダメージを食らうことがないのです。これは私自身に選択の権限がない、自由ではないことを意味します。ですからものすごく辛い方法なのです。

ですから「禁じる」代わりに「選ぶ」ことにしました。
私は煙草をやめる必要はない、本当にやめるべき時期がくれば自然とそうなるであろうという事を信じることにしました。それまでは好きなだけ吸おうっと♪と思うことにし、煙草を吸う自分を容認することにしました。

よく禁煙に成功した人が喫煙者にひどい態度を取ったり優越感にひたったりすることがあります。そういう時、喫煙者はちょっぴり罪悪感を感じたり、禁煙者よりも自分のほうが人としてダメなような悲しい気持ちになります。

そんなことはない!
喫煙者はちっとも悪くない!
禁煙者より下でも上でもないのです。
禁煙成功者の非難など無視しなさい、無視。
むしろ、ちょっと禁煙できたぐらいでえらそうに説教する
ような人間はオケツのアナが小さいなと思いましょう♪

「チョコレート中毒」でも言ったように、この手の中毒は気の済むまで楽しむのが一番なのです。気の済むまで満喫すれば、やめるべき時期がくれば、自然にやめれるのです。「今まで私を助けてくれてありがとう、でもこれからは1人でやっていけるからね」と手放せるまでは、中毒物質に助けてもらえばいいのです。ただ、少しだけ上手に付き合えばいい。たまに試しに一日とか数時間とか、時間をくぎって禁煙をしてみて、「大丈夫だ、いつでもこのぐらいなら自制できる」と思ってみるのもいいと思います。

私はとにかく「禁じる」ことをやめました。やがて自然に吸わなくなりました。美味しいかなと思って喫煙者からもらい煙草を時々するのですが、1本2本なら美味しいこともあるし全く美味しくないこともある。いわゆる「嗜好品」のレベルで「いつでも楽しみたくなったら楽しめる」という自由を残すことで、もうずーっと吸ってません。

ですから私はいつでも本当に欲しくなったら喫煙する自由があるので、禁煙者ではありません。でも結果として禁煙してます(笑)厳しい方法で本気で取り組む人は以外と黙って禁煙する、という説もありますが、まぁ大騒ぎするほどのことでもないし、とかる~くやるのがいいように思えます。張り切って気負いすぎるからプレッシャーになって禁煙が辛くなるのです。私のような根性無しは、このプレッシャーだけで、普段以上に吸ってしまいそうです(笑)

別に誰に自慢することでもないので、誰にもいちいち禁煙したとも言ってませんが喫煙者に「ここんとこ禁煙してるんで1本ちょうだいっ」と言うと皆さんとても快く1本くださいます(笑)そう、私はもらい煙草のみの喫煙者(笑)
これはすごく安上がりですねっ

実際禁断症状とかはなかったのかというと普通にあります。
ただ、いつでも吸っていいので、ちょっと暫く吸わない、本当に欲しくなるまで吸わないでいるほうが「私らしいな」と感じたというだけのことです。私は自己愛の強い人間(ウチュウジンだけど人間だぞ)なので、「私らしさ」にはこだわりがあるのです。そこを利用したともいえますね。
ですから今も時たま、「あー吸いてぇ」と思うことがあります。でも「あー今夜はイタリアン食べたいなー」とか「なんかむしょうにコーラ飲みたいっ」とかのレベル。暫く何かしてたら忘れちゃいます。

中毒と中毒でない分かれ目はこのものすごく欲しくなっても暫くほっとけば忘れてしまうか、忘れられないかの違いな気がします。その点煙草の場合、科学的な成分としての中毒症状は、一日か二日で消える程度の弱い毒性で、中毒になるのも1日、離脱するのも1日なんですね。

では、何が難しくしてるかというと、「口サビシサ」です。こればっかりは代用品ではどうしようもない。あのプハ~ッと吐く瞬間のシアワセはガムを噛んだり口をすすいだりして代わりになるわけないっちゅーねん。

元々煙草そのものが、何か自分をシアワセにしてくれる何かの代用品なんですから、それを更に他の代用品で埋めるよう指示するような人は、なんにもわかっちゃいないのです。

ですから、自分でも思い出せないような古い記憶をたどって喫煙しだした理由たる「サビシイ思い出」を探すのもとても難しいですし、無理にやめようとするよりも、普通にシアワセな人生を見つけるべく楽しく毎日を過ごしているうちに、自然とシアワセの代用品である煙草を手放せるのを待ってればいいのです。そうすれば、嗜好品としての楽しみも充分残すことが出来ます。

何事であっても一生やめ続けなくてはいけないようなやり方は不自然だとウチュウジンは考えます。結果として欲しくない状態が続くのが本当です。嗜好品とは本来「なくても全然平気だけどたまにあるとシアワセ」なものですから。
自分の内側での煙草の位置付けを嗜好品のレベルにする、これが中毒から離脱するポイントで、後は気楽に待てばいいのです。

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