思い出のお好み焼き屋さん | デュシャンの子供たち

思い出のお好み焼き屋さん

知り合いと用事をしていて途中、おなかがすいてきたので、
少し遅いお昼を食べましょうという事に。ちょうど近くに
学生の時よく行ったお好み焼き屋さんがあったので、そこに
入ることになりました。お互い、そこは懐かしいお店だった
のです。

ここのお好み焼きの特徴はとにかく大きいこと。鉄板の上に
ふたつも焼けばもう乗り切らないので、それ以上の注文は
他の鉄板で焼いて持ってきてくれます。小食な女の子なら
多すぎるので半分こして調度かもしれません。
当時はお好み焼きにしてはやや値段が高かったのですが
大きさがあるので、みんなで幾つか頼めばかえって割安で
夜中までの営業なので、飲んだ後の小腹を埋めるにもよく
それで学生に人気があり夜中には人が並ぶほどでした。

内装もそのまま、変りなく、中途半端な時間だったせいか
他にお客はいませんでした。
「あぁ懐かしいね」といいながらメニューを見ると
ずっと変わっていない様で、値段も当時のままです。
物価もあがり今では決して高いとはいえない値段に感じました。

牡蠣入りは値段が倍近くするのですが、滅多に来れないし
お好み焼きと牡蠣焼きそばを頼みました。
焼きあがるのを待ちながら昔話をお互い披露しあいました。
こんなに頼んで全部食べれるかな、とかいいながら
なんだか2人とも妙にウキウキしていました。
食事を終え、外に出てどちらともなくポツリと言いました。

「昔みたいに、美味しくないね。味、落ちたかな?」

いや、多分味は同じなんです。ソースも同じだったし、
少しは違うかもしれないけどそんなに変わりはしないはず。
少し考えて気づきました。

味覚が変わったのだと。

月日とともに、少しは贅沢も憶えて、食生活にもどちらかというと
私は気をつけているほうです。普段は無農薬の野菜を選び、お肉も
食べなくなり、塩も調味料もイイモノを使っています。
ものすごく贅沢をしているわけではないのだけど、食事に対する
意識があがり、その分、舌が肥えたのだと思います。

若い時と違い、味の濃いものに騙されず、微細な心と体に染み入る
味がわかるように成長したのだと思います。一緒にいた人も
そういったことに興味を持って気をつけている人でした。

それに。
もう、あの頃の私ではない。

学生の時、あの時、あの頃の仲間とだから
美味しかったんだ。

同じお店でも、もう、そこの時空間はそこにはないんだ。
だから。同じに見えても同じではない。
思い出は思い出のまま置いておかなくてはいけない。

わたしは今後、思い出の店にはもう行かないと思います。
あの時、あの場所は、思い出という空間にしか存在しないから。
わたしがまだ、自分自身をチキュウジンと同じだと
信じていた頃の懐かしい思い出ですから。
わたしはもう、違ってしまったのですから。