初めてギザの大ピラミッドに入ってから25年が経とうとしています。

人生、あっという間ですね。




当時、大ピラミッドの貸切も日本ではほとんど知られていませんでしたが、全世界的にはもう少し身近なものだったように思います。私が貸切をした時でも予約が重なってしまったこともあって、その頃聞いた話でも月の半分以上が予約で埋まっていたそうです。




最初の旅行ではロンドン経由で行ったのですが、エジプトは遠いですね。


パリ経由でも行きましたし、カタールのドーハ経由、アブダビ経由、シンガポール経由でも行きました。


最近のエジプト航空直行便は乗り継ぎがなく楽なので、次回はエジプト航空で訪れてみようとも考えています、でもエティハドもいいですね。




クフ王の大ピラミッドに入っているとき、突然どこかのグループが儀式を始めることがよくありました。欧米人のグループやロシア人のグループ、南米の人達のグループもいました。それを座って見ていたものです。わたしも彼らの儀式に参加することもありました。全く見ず知らずの人たちが集まり、瞑想が始まるということも度々ありました。そういうエネルギーがあったのだと思います。自然と調和してしまう、力を合わせてしまう、誰にも止められないようなエネルギーが王の間に満ちていたのかもしれません。


色んな宗教、人種を超えて祈りが捧げられていたように思います、とても大切な思い出となっています。




最近ではピラミッド内の撮影が時間外のプライベート入場でも難しくなっているという話も聞きますが、


元々貸切入場の場合、瞑想などの目的であっても、『コマーシャルTV、シネマ&ビデオフィルムの時間外撮影』と明記された特別チケットで入場していたので、正式に考古庁に出向いて申請したものであれば内部の撮影はできて当然なはずです。


最近の若いツアーガイド達は知らないのかもしれませんが、観光用の入場券でも以前はカメラ、ビデオ用の別チケットで誰でもピラミッド内を撮影できていたのですよ。


また西暦2000年が過ぎて以降の大ピラミッド貸切申請では通常夜間の貸切ができなくなり、予約が重ならない限りはピラミッドの昼休みにあたる午前十一時から午後一時までの2時間が基本になっていたので、深夜や明け方の時間帯に1時間程度の入場しかできない場合は、時間外の警備にあたっているツーリストポリスのオフィスが許可しているだけで、考古庁が正式に許可したものではない可能性もあります。




王の間の石棺の近くにあった花崗岩の岩のブロック、90年代の修復以降は無くなり今はもうありません。その石の経緯も何となくわかります。外された岩のブロックの場所には元々鉄柵があったのですがその部分がコンクリートでふさがれていました、嘆かわしいことですね。


花崗岩のブロックが写っている写真をお持ちの方もたくさんおられるでしょう、



特別料金、時代、いろんな複雑な要素がからみあっています。




現在では、どうして?と思うことでも、微妙な均衡が保たれていたのかもしれません、このことはほかのことにも通じているかもしれません。




2011年に大きな政変が起こった後のエジプトでは様々なことが流動的になっています。



一般の旅行会社の企画する観光ツアーでの貸切入場では「王の間で記念撮影」といった一文を見かけたこともありますし、通常では高額の入場料と共に考古庁への特別申請が必要な大スフィンクス内部へたった50ポンドの別料金で入場している方のブログも見かけています。


他に十年以上撮影禁止になっていたエジプト考古学博物館の館内が突然無料で撮影可能になったこともあるので、ただ一つの情報源だけに頼らず、その都度最新の情報を複数の情報源から入手していくよう心がけることが賢明かと思われます。

 

 

 

カイロ市内の夜景、ギザの大ピラミッド頂上より 1996.12撮影