昨日五月七日の満月の夜は年に一度のウエサク祭でした。
ウエサク祭については以下のように紹介されているものが多いようです。


『ウエサク祭(五月満月祭)は、釈迦(ブッダ)の誕生した日、大悟した日、入滅の日がすべてインド暦の第2月ヴィシャカ月の満月の夜であったという伝承により、アジア各地(チベット、タイ、ミャンマー、スリランカなど)で行われる祭りです。』

『この日仏教徒はブッダの聖誕祭を祝います。ヴェーダにおいては仏陀はヴィシュヌの化身とされるためヴィシュヌのヤジニャを行います。日本ではヴィシャカ(Vishakha)のことをウエサク(Wesaku)と発音し知られています。』

 

『5月の満月の日、ヒマラヤにあるカイラス山の麓にあるウエサク渓谷(中国・チベット)では、天界と地上の間に通路が開け、ひときわ強いエネルギーが降り注ぐ。伝承ではこの満月の夜、ウエサク渓谷にはブッダが天上界から降臨し、祭に臨席されると言われている。』
 

 

昨晩、日付はもう八日に入っていましたが、深夜の午前二時前、夜空に輝く満月の周囲に、とても美しい日輪がかかっていました。これは霊的にも吉兆であると言われているそうで、何かの特別な法要などが行われた際に美しい日輪が出現したという話を聞いたこともあります。


深夜はわたしの彼と二人で瞑想していました。瞑想を始めてしばらくの沈黙の後、彼から「今のこの部屋を満たしている存在のエネルギーが誰なのかわかっている?」と聞かれ、瞬間的に「ブッダだよ」と答えていました。わたし自身はウエサク祭のことは完全に忘れてしまっていたのですが、偶然にも瞑想を始めてすぐ二人同時に仏陀の臨在を感じ始めていたのです。


それから彼に「今夜は年に一度の特別な満月で、仏陀の祝福の光が降臨すると言われている日なんだよ・・・。」と言われたのです。


また彼は「今この部屋を包んでいる仏陀の臨在のエネルギーは、去年末の南インド滞在中にラーマリンガ・スワミの臨在と接触したときに感じられたエネルギー以来の大きな祝福だね・・・」とも語っていました。



その後再び沈黙に入り、瞑想を続けました。

・・・とても静かな夜でした。


花々がシンシンと降り注いでいるかのような芳しい仏陀の臨在が放つ光輝のエネルギーに包まれ、また仏陀を敬愛する世界中の人々により平和が祈られているのを感じました。


そしてこの記事を書いている今のこの瞬間にも、まだ仏陀の臨在のエネルギーがわたしの部屋を満たしているのが感じられています。





インドの覚者として知られるOSHOの講話には年に一度の特別な満月の夜500人のチベット僧が集まり、全員が同時に仏陀のビジョンを見ることができるといったことが語られているものがあります。


『特別な満月の夜に、仏陀の満月の夜として知られているものが、ヒマラヤの頂上のひとつに―たった今私たちが集まれる同じヒマラヤで―500人のラマ僧が集まり、そして仏陀のヴイジョンを見る、というのは本当だ。そこに集まるラマ僧の数は決して500人を越えることはない。それは永久に定められている。


別のラマ僧がその場所に入るのを許可されるのは、ただ彼らの内の一人の死に際してだけだ。・・・・ラマ僧は何もしてはいけない。仏陀自身が、彼の生涯で弟子たちに与えた約束に従って、彼らの前に現れる。ラマ僧は指定された時間に、ただそこに臨席しなければならない。そしてこのふたつの出来事の違いは、はっきりと理解されなければならない。


仏陀は、各年の仏陀の満月の夜の特定の時間に、そしてヒマラヤの特定の場所で、彼は選ばれた弟子たちのために現われるだろう、という約束を彼の後に残した。この約束された瞬間に、仏陀の大洋のような身体は波の身体の形を取り、集まった500人のラマ僧たちによって見られる。しかしラマ僧は、彼ら自身が告げられた機会に臨席すること以外、そこに役目はない。


二番目に、合計で500人のラマ僧たちが仏陀の出現の目撃者となっている。・・・500人の人々が一緒に仏陀のヴィジョンを見る時、それは心理的(サイキック)な投映の場合ではありえない。それだけではない。全ての臨席する人々は意見を交換し、そのそれぞれの報告が他のものと一致する時だけ真実のものとして受け入れる。・・・ラマ僧たちはどんな努力もしていない。それはただ、別の時に別の人によってなされた約束の実現だ。』
(OSHO ~Krishna The Man and His Philosophy 15章 ~)

 

チベット仏教総本山、ラサの大昭寺にて 1993年2月撮影

チベット仏教総本山、ラサの大昭寺にて 1993年2月撮影