こんにちは。
トレイルランナーズ大阪の安藤大です。
→沈まぬ太陽!白夜のフィンランド100マイルレースを走る4~レース編前編
からの続きです。
7月のフィンランドは白夜で太陽が沈まない。
160kmもの距離を夜通し走るのにヘッドライトが必携品に含まれていない、世界でも唯一の大会だろう。僕は心配で「本当に必要ないんですか?」と事前にメール確認したほとで、主催者からは「一日中明るいんだからライトはいらないよ」と返事があった。だから日本からはライトや電池は一切持って行かなかった。
日中の最高気温で16℃だが、ぎらぎらと太陽の日差しは強く、運動していると汗はしっかりと出て暑い。しかし、立ち止まって休憩しようものなら、実際は低気温なので途端にぶるぶると、寒さがいっきに押し寄せてくる。こうした環境下では走り続けられるエリートランナーと、歩きの割合が多い後続のランナーとで服装や装備は変わってくる。
何時間走っても朝。すごい体験だ。
時計を見なければ、今いったい何時なのかはわからない。正午過ぎにスタートをしすでに夜中の時間になっているのだが、昼間のように明るい。太陽の光が差していると、人間まったく眠くはならないものだなと感心した。
日の光によって無理やり身体を叩き起こされながら走る。疲れていても眠くても、太陽によって寝ることは許されないといったところだろうか。このことは想像を超えてキツいものだった。
夜通し走り続けるのと一日中明るい中を走り続けるのとでは、どちらがより過酷か?
僕は夜の時間帯になるにつれてだんだんとパワーアップをする。ほとんどのランナーはナイトランニングの経験不足からか、暗闇では足元がおぼつかなかったり眠気を感じたりしてペースダウンする。一方で僕は闇の力を吸収して、疲労や脚の痛みが消え去りペースアップする。これまでハセツネCUPや100kmを超えるレースでも夜通し走っていて眠くなったことはまったくない。
しかし、フィンランドでは一日中太陽が昇っている。夜に強い僕にとって、昼間に走り続けることは何の有利もなく、辛いということに気づいた。人間は朝、昼、晩と日の光によって身体のリズムを保っているのだと人体実験で知った。
360℃見渡す限りの絶景を前に、立ち止まって写真を撮るランナーが多かった。たとえレース中であっても休憩したり写真を撮影したりする時間があってもいい、そんな気楽さはトレイルランニングレースの魅力に感じた。
「ラップランドの美しい森の中をずっと走るのだ」と考えていたが、それとは正反対に木のない平野を走り、トレイルは上り下りともに白く尖った石がごろごろと転がっていて、気持ちがいいとは言えず、足元に注意を払わなければいけないコースだった。
日本人のエリートランナーであれば最初から最後まで走り続けることができるコースだろう。
虫の大群に完敗
夏のフィンランドは虫、特に蚊やアブが多いとは聞いていたが、想像をはるかに超えた数だった。フィンランドの森は水をよく含んだ湿地帯が多いため、虫が発生しやすい条件が揃っていた。
急傾斜で歩きになると、アブが「ぶんぶん!」と耳や僕の足にまとわりつく。その数20…いや、30匹以上近い。
痛っ!!!!刺された。
両手をぐるぐると振り回しアブを払いながら、両脚は常にジダンダを踏みながら登るのは疲れ、ストレスはマックスに達した。
うわーーー!!!!
ストレスに発狂し大声で叫んでしまった。走り出してもアブはえんえんとついてくる。スピードを上げて走ってみてもアブはお構いなしについてくる。スピードを上げたり下げたりしたことにより無駄に体力を消耗した。
スタート前に虫除けスプレーを全身に振ってはいたがそれでは不十分で、フィンランドのトレイル事情をよく知る地元のランナーたちはみんな虫除けスプレーを振りながら走り(それでも効果があるようには見えなかったが)、中には防虫ネットを頭から被ったり工夫している人もいた。全身防護服で走りたい気分だった。
ふとここである事実に気づいた。蚊やアブ、ハチなどは夜になればその活動を停止するが、フィンランドは白夜。一日中、明るい。つまり、アブや虫は24時間活動し続けていることを意味する。
「160kmものあいだ、30時間以上アブと格闘し続けるのか…」
そう考えた瞬間、僕のメンタルは崩壊した。
フィニッシュするだけの気力がなかった。もしアブがいなければフィニッシュすることを目指したと思うが、アブにめった刺しされ続けることを考えただけでうんざりだった。
「日本からフィンランドまでわざわざ来たのに本当にいいのか?」
「一泊二万円もする宿代を支払っているのに本当にいいのか?」
いろいろと思い留まる言葉を投げかけてみたが、その後のアブの攻撃にダメだった。
「次のエイドステーションでやめよう」とぼろぼろの精神で辿り着いたら、そこは水のタンクが置かれただけの森の中でだった。その後もアブと格闘しながら20kmほど頑張って進んだ。
60km地点のエイドステーションに疲労困憊でたどり着いた。まるで100kmを走ってきたかのような疲労感だった。
リタイアの旨を告げると「ランナー全員が通過するまでバスは動き出さないよ」「いつ?さあ、わからない」と言われる。僕は20番前後順位と早くに到着してしまったので、後続の80人のランナーが無事通過するまで待機しなければならない。
エイドステーションのテントの中も屋外も虫の大群が「ぶんぶん!」と大きな羽音を立てて飛んでいる。口を開けたら、すぐ虫が入ってくるほどの数だった。スタッフは日常の光景のようで、「すごいだろ?」と笑い平然としている。
ランニングをはじめたばかりのころは、「50戦50勝0敗」無敗のプロボクサーみたく、レースをフィニッシュし続けることを目標にしていた。しかし、相手(大会)を選ばずに2ヶ月に1度のペースで海外レースにチャレンジをしていれば時にはリアイアを喫することもある、そう考えるようになった。
屋外の気温は16℃。ブランケットをもらったが、それでも寒い。外を飛び交う虫の大群。フードを被っているのは虫が耳に侵入するのを防ぐためだ。ランナーはリタイアしたときの場合も考えて服装を用意しなければならない。
経験談として、100kmを超える長距離レースではリタイアした後の方が大変なことが多い。
「目標を達成してもしなくても、その途中で経験したことが大事」と考える人がいるが、これは登山ではなくレースなのでフィニッシュしてこそだと僕は考えている。フィニッシュして完走者リザルトに「JAPAN」と乗る。目標は未達成である。
うなだれている僕のすぐ横でカメラマンが、「(はい、こっちを向いて)」とでも言いたげに、ぱしゃりぱしゃりとカメラを向けた。
リタイアしたランナーの姿もレース風景の一コマとして写真に収めたいのだろう。急に悔しさがこみあげてきた。
レース中の僕の大会写真はこの一枚だけである。この一枚は悔しさを思い出すために大事に保存し、携帯の中にもとっておくことにした。
「日本からわざわざフィンランドまで来て…」と悔しかったが、虫の大群が飛ぶ中、レースを続けられる精神があったかといえばなかった。完敗だった。よもや虫によってリタイアすることになるとはスタート前は思いもしなかった。
虫のせいで寝転がりたくとも寝転がれない、眠たくとも眠ることもできない。虫地獄。これは僕に科せられたに何かしらの罰のようなものだと考えた。
そのまま屋外で3時間、4時間と座っていると、ほかにもリタイアをするランナーが何人か現れた。するとスタッフが「こちらに来て」と呼びコンクリート建物の中の小部屋に案内してくれた。
「よかった…寒さと虫からようやく解放された。」
バスが出発したのはリタイアを告げて10時間後だった。レースの時間は8時間、走っていたよりも待っていた方が長かった。
無事に宿に帰還。リタイアしたのでレース中の宿も予約しておいてよかった。予約していなければ宿なしになるところだった。
翌朝。まだ走り続いているランナーの応援に、レポートのために表彰式に行くことにした。
ロッジのすぐ裏手がレースコースになっているらしく、次々とランナーが走り抜けていく。
フィニッシュまでは舗装道の直線だった。みんなここまで160km近く走ってきたというのに、もうすぐゴールだとわかると全力で走り出す。
「(別に歩いてもいい。もうゴールはすぐそこだろう?)」
「(ゆっくりと走ってゴールしたらいいのに。数分タイムが変わってどうなる?)」
ゴール直前でこうした悪魔にも似た声が心の中でつぶやくであろう中、その声を振り払うかのようにみんな最後の力を出し尽くそうと痛い足を引きずり懸命に走る姿にうるっとくる。
このフィニッシュに向けて走る姿がランニングレースの中で最も美しい瞬間と僕は思っている。
ゴールに駆け込むランナーを見ると、男性も女性もアブにめった刺しにされ、顔や手足がぼこぼこに腫れた姿で痛々しかった。
翌朝にレースで疲労した脚を「湖でアイシングしよう」と考え水の中に入ってみたが、冷たい!!いや、痛い!!観光パンフレットなどではみんな楽しそうに泳いでいる姿を見るが、夏場でこの極寒と水温で誰がいつ泳ぐのだろう。
がっかりはしたけれども、久しぶりに100マイルレースに挑戦したことへの喜びはある。レースでは、どれほど万全を期しても、計画通りには進まないこともある。残念ながらフィニッシュすることはできなかったけれど、フィンランドまで行ってアジア人の誰もが未踏のレースに挑戦できたことは良かったと思う。
夜通し走り続けるのと一日中明るい中を走り続けるのとでは、どちらがより過酷か?
ここで冒頭の質問への答えに戻るが、両方とも体験してみて、「どちらがハードか?」と問われれば即答で後者である。
一日中明るい中走り続ける方がずっときつい。時差調整も大変であった。ぎらぎらとした日の光で疲れた身体を無理やり叩き起こされながら無限に走り続ける気分は、これまでになく過酷だった。
初の虫の大群によるリタイア、決着。
【STEP1】無料メール講座で学ぶ
【STEP2】大阪城公園での練習会やトレイルランイベントに参加する
プロにランニングフォームを見てほしい