こんにちは。
トレイルランナーズ大阪の安藤大です。
第1回ベトナムトレイルマラソン Vietnam Trail Marathon5完結編。
「(負けたくない!)」
人間の脳は、「~しない」を認識しないようにできている。だから「勝ちたい」という気持ちと「負けない」という気持ちでは「勝ちたい」という気持ちの強い方が勝つのだが、それでも僕は「負けたくない」。いったんレースをスタートしたらには誰にも追い抜かれたくはないし、僕の背後に立ってもらいたくはない。順位は50番でも100番でもいいが、追い抜かれたくない。
勝つことよりも負けないことの方が重要だと考えている。ビジネスで大きな借金を抱えないこと、投資では大きく負け越さないこと、ランニングで大きなケガをしないこと、このルールを守ってきた。復帰できないようなダメージを負わなければいつだってチャンスがある。今回も負けないためのレース戦略をしてきた。
ゴールまで残り8km。「タッタッタッタ」後ろから足音が聞こえてきた。この日はじめて聞く足音にどきりとした。
「(ついに追いつかれてしまったか…)」
悔しかった。
振り返って、目を見開いた。そこにいたのは女性だった。「いったいだれだ!?」悔しさはどこかへ、驚きが勝っていた。それと同時に「女性でよかった。男子5位は変わらない。」ほっと安心した自分が情けなかった。この日レース中に出会ったランナーは2人、そのどちらも女性とは珍しい。
「君は女子2位だよ!頑張って!」
僕はそう声をかけた。すると「ほかにもたくさんの女子ランナーが走っているわ。レースは最後までわからない。」そう言って彼女は去っていった。彼女はそのまま女子2位でゴールし、男女総合8位。あとで調べたが、このフランス人女性の何のトレイルランニングレースの記録も見つけることができなかった。ダークホースだった。
やっぱりレースで楽ばかりじゃない。いつも「今日こそは最後まで楽しく」そう思ってスタートラインに立つが、長距離ランニングレースでは苦しい時間が必ずある。
絶対に負けないことはわかっていた。距離が長くなればなるほど、後続のランナーに追い抜かれないことはわかっていた。ほとんどの人はエネルギー、栄養補給不足だからだ。僕はこの日19本目となるジェルを胃にぐっと流し込んだ。お腹の調子は悪いし疲労はきてはいるが、ガソリンだけは満タンだ。「食べなくても走ることができる」というのと「最後まで力が溢れて走ることができる」この差は大きな違いだが、同じように考えている人は多い。「食べなくとも大丈夫」というのであれば、人間は3日3晩食べなくとも死なない。
レースの後半では、自分へのビッグな問いかけをいくつ持っているかで結果に大きく影響する。
「おまえは死力を尽くしたのか?」
「おまえは最後の最後まで心身ともに耐えて走り抜き、ランナーだったのか?」
「おまえは本当に走れなかったのか?本当は走れたんじゃないのか?ゴールしてそう思うのか?」
「苦しみのない人生は幸せか?」
練習は裏切らない。練習を裏切るのは自分だ。レースで満足のいく結果が得られなかったのならば、すでに練習中から練習を裏切っていたということ。
「早くレースが終わってほしい」そう考えたことはあっても、「レースをあきらめたい」そう考えたことはない。
あきらめない、それを走りであらわすことが僕の人生だ。
「おまえはなぜベストを尽くさないのか?」
最後まで僕はベストを尽くしたい。
「お前はいったいどうして走っているんだ?」
日本で応援してくれている人たちのため。そんなテレビ番組向けの答えができればいいが、そんなことは一度も考えたことはない。走っているのは、自分が楽しいと思うからだ。僕が走るのはいつでも自分のため。それをあるときに「誰かのため」と言い出したら、嘘っぽくなってしまう。自分が走ることで社会貢献できたりチャリティの寄付金が集まったりするのであれば別かもしれない。それでも自分が走りたくて走っているわけだからのは「自分のため」そう答えるだろう。
自分のため以外では、僕の個人レッスンを受けてくれた人に対して少しでもいい結果を残したいからだ。コーチが必ずしも選手と同じようにトレーニングをして、レースで結果を残す必要はないが、やっぱりよくわからないコーチから教わるよりもランナーとしても現役で活躍するコーチからレッスンを受ける方が教わる側としても嬉しいはず。そう思うのは、もし僕がレッスンを依頼する立場であれば同じことを考えるだろうからだ。
ランニングはエンデュランススポーツ、痛みと向き合うスポーツである。僕はそのことをよく理解してこの競技に取り組んでいる。テニスや野球、サッカーのように楽しいだけじゃない。どちらかといえば打って打たれるボクシングに近いスポーツだ。痛みと向き合うことができた者だけが先へと進むことができる。
僕は長年の経験から自分にとって痛みと向き合うことのできる時間は10時間程度だとわかっているので、レースエントリーは70kmまでの距離にエントリーすることが多い。実際には、フィニッシュまでの10時間のうち8時間以上は楽しい時間で、苦しい時間は2時間だけなので、2時間だけ耐え忍べばいいことになる。
フルマラソンでは苦しいのは30kmを過ぎてからだから「しんどい」と言っても、僕からすればせいぜい1時間弱程度の時間でしかない、短いと感じる。ランニング競技の大会エントリーはどれだけ体力があるのか、どれだけ練習したのかではなく、自分がどれだけ忍耐強いのかで決まる、そう考えている。
フルマラソン以上の時間に耐え忍ぶことができる人の中からウルトラマラソンに進む人がいるのだろうし、そうでない人はフルマラソンやハーフにとどまるだろうし、それだけである。練習不足でレースに臨んだり自分の体力以上のレースにエントリーしたら、それだけ苦しい時間が長くなって、痛みと向き合う時間が長くなる。
(68km~ゴールまで)
ゴールまで茶畑の広がる急な上り坂に差しかかった。コースの最後に上り坂があると不満を漏らすランナーは多いが僕は大歓迎だった。坂道では追い抜かれる心配はなく、ゴールへの余韻にゆっくり浸ることができるからだ。もしこれがゴールまで平坦や下り坂だったら最後まで気が抜けないだろう。僕が走ることができない急坂ということは、走って追いつくことのできる選手はいない(もしいたらとっくに僕より先にゴールしていることだろう)。
最後に一人の女子ランナーには抜かれてしまったが、それ以外は誰にも追い抜かれなかった。最初から最後まで先行逃げ切りできた。「ああ…」感極まって両手で顔を覆った。
「(ゴールしたら泣こう。)」
美しい茶畑が広がる。モク・チャウはお茶やコーヒーが名産だ。
丘の上にゴールゲートが見えた。ゴール間際は10km、21km、41km、70km、全距離カテゴリーのランナーのゴールと重なり、ゴールへと向かうランナー、フィニッシュしたランナー、そして応援客でごった返していた。とても感動して泣くような雰囲気ではなかった。都市型マラソン大会で「ゴールしたらさっさと移動してくださいね」とうながされる、そんな雰囲気だった。
数分おきにたくさんのランナーが同時にゴールへと駆けこむので、フィニッシュのカッコいい写真撮影なんて無理だった。
暑い中レースを走った身体へのダメージは大きく、飲食ブースの裏のビニールシートを借りて、ぐったりと横になって寝た。早くゴールしすぎたので70kmの表彰式まで3時間もあった。SNS用の写真を撮影する気力もなく、用意された昼食も一切食べずに、シャトルバスでホテルへと戻った。
可愛らしい。こんなドレッシーな姿で参加をした子どももいた。
犬もフィニッシュ。
ホテルに戻るとすぐ汗だくの衣類を脱ぎ着替え、泥で色合いが一切なくなったシューズを脱ぎ、汗を流した。
プロテインを補給し、20分間入念にマッサージ。足の張り具合いを見る。
夜6時から再びホテルのパーティー会場で夕食ビュッフェを食べた。
レースの制限時間は18時間。朝4時に薄暗闇の中スタートしたランナーの中にはまだ走っている人がいる。足元の悪い泥んこでぐちゃぐちゃのコースを夜に歩くと考えただけで、気の毒でこちらの気も滅入りそうだった。日が暮れればゴールしても応援客はいないだろうし、夕食は10時までなので遅くゴールするランナーにはディナーもない。
残酷なように思うが、みんなそれを承知でエントリーしているのだろうし、明るいうちにゴールをしたい、ディナーを楽しみたいと思うのであれば短い距離にエントリーするだろう。マラソン大会でも後ろの方へ行くにつれ、給水所の食べものが残っていないという話はよく耳にする。食べるためにも少しでも体力をつけて早くゴールできる体力は必要なのだ。
結果。フィニッシュタイムは10時間10分46秒。腹痛に走れないような泥んこの悪路に苦戦し、思いのほか時間がかかってしまった。公式サイトでは72km 3,100mD+の発表だったが、ゴール後のGPSでは約69km 3,800mD+だった。
順位は男子7位。給水所で「君は5位だよ」と伝えられ、最後まで誰にも追い抜かれなかったのでゴールして男子5位だと思っていたが、日本に帰ってリザルトを見たら7位だった。どうやらトイレで2回うなっていた間に追い抜かれていたらしかった。そこに残念な気持ちはなかった。今の実力は出し切ったという実感があったからだ。
ホテルの前のパネルで友人のアンドレさん(写真右)と記念撮影をした。アンドレさんは、日本人ランナーとおしゃべりに夢中になっていたら、コーステープを見逃し、延々と2kmも坂道を上り続けてしまったらしい。一緒にいた日本人男性は怒っていたらしく、お互い気がつかなかったのだから両方に責任があるだろう。やっぱりトレイルのレース中にはおしゃべりは禁物だ。ミスコースや思わぬケガを招きかねない。主催者が設置したコーステープどおりに走り、ミスコースせずにゴールまでたどり着くことはトレイルランニングに求められるスキルである。
第一回大会で、この地をランナーが走るのは初めて。ランナーを初めて目にした人も多く、村の人たちが家から出て応援してくれたり、農作業中の人々が手を止めて応援してくれたりした。
絶景よりも農村に住む人々の笑顔が強く印象に残ったレースだった。
地元の子どもたちと手をつないで一緒に並走しゴールをしたランナーもいた。
ベトナムのレースレポート楽しく読ませていたきました!「安藤さんも普通の人間なんだ!(いつもクールなので)」そう思ったのと同時にあらためて尊敬!そして、ベトナムに行ってみたくなりました!子どもたちの笑顔も素敵。走ることでいろんな出会いがありますね!私も「これからますます頑張ろう!」そう思わせてくれるレポートでした。ありがとうございました!(静岡県浜松市在住/女性)
レース後半では村人の声援にこたえる余裕がなく、無表情でかなり無粋な態度をとってしまっていたことを思い出し、それは反省点だった。
フルマラソンで35km地点を過ぎて、沿道の応援客に手を振る余裕があり、ゴール後は人々の顔を思い出すことができる、そんな体力レベルを目指したい。まだまだ練習が足りない。
ベトナム農村の暮らしぶりを垣間見ることができた、ベトナムトレイルマラソン。
ベトナムのトレイルランニングの人気は2013年の第一回ベトナムマウンテンマラソンを境に高まり、いまでは5つ以上の大会が開催されている。
現地の人々の無垢で、素敵な笑顔が印象に残った。挑戦は続く。
【STEP1】無料メール講座で学ぶ
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一度、ランニングフォームを見てほしい