01
闇が地上を染める時、深山【みやま】町の南にある、西洋館が並んでる丘の一番上にある屋敷の書斎で一人の男性が光を失った金のネックレスを手に上げて見つめている。
彼は二十代男性の平均身長で、赤いナグランの長袖に赤いコットン・パンツを着てる。
可愛げがある顔は年より若い雰囲気を出しているが、ボサボサな黒髪が汚い人相を与えている。
“うん?ああ、着いた物はよく頂いたよ。いやー、すごいね。こんな物、どこで手に入れたの?”
男性の声に合わせて机に置いてある緑色の水晶の錘が動き、下にある紙に文字を書いて行く。
彼の言葉が終わるのと共にその動きが止まって紙が字を吸収するように消えて行った。
しばらくして紙に新しい文字が浮かぶ。
‘先祖から伝わる遺物みたいなものだ。’
文字を読んだ彼は喜びながら返事を送った。
“よし!これで勝利は僕のものだな!ありがとう、雄鶏【がろ】。前に言った通り聖杯は君に渡すよ。”
‘ああ、武運を祈るとしよ、遠坂。’
それを最後に水晶は光を失い、遠坂【とおさか】と呼ばれた男性は笑いを止めれないか、狂ったよう笑って、やがて目が覚めたように手に持っていたネックレスを見て呟いた。
“覚悟しておけよ、霜【そう】先輩。今度こそ今までの借りを返してやろうからな!”
新都のとあるホテルのフロントで女性が結構大きな声で電話をしている。
身長は160cm後半くらいで、解くと腰まで流れそうな黒髪を前髪だけ残して残りは右の方に集めてヘアゴムで結んでる。
黒いレザージャケットにブルージーンズを履いてる彼女はちょうど二十歳を超えたように幼く見える顔で大声を出している。
“はあ?失くした?失くしたって?馬鹿じゃないですか?あんた。こんな大事な物を失うとか有り得ないでしょ?!”
怒っている彼女はロンドンの時計塔から派遣されホテルに到着、指定されたホテルに入ったばかりにちょうど配送された物をもらった。
そしてその中に入ってあるべきの物を確認し何か問題でもあったのか、すぐに自分をこの冬木市に派遣した者に電話をかけたのだ。
“それで?これを代わりに送ったってことですか?これ何……?は?賢者の石?今私に魔術師でも召喚しろって言うの?!”
本来なら彼女の手にあるべきの物はサーヴァントの中で最高だと言われるセイバーのクラスを召喚できると推定される聖遺物。
なのに何故か彼女がもらった箱にはすぐにでも落ちこぼれそうな、血のように赤く光る石が入っていた。
“ちゃんと伝えなさい、エルメロイ!ヌァザレ・ソフィアリ、あの人!今私の立場が上がってるから聖杯戦争を利用して殺すつもりだろうけど、ビッグ・ベンで首を洗って待ちなさいって!聖杯を手に取って会いに行ってあげるから!”
元々多血質な彼女は電話の相手に声を上げた後、乱暴に電話を切った。
しばらくして少し落ち着いたのか、何か気付いたみたいにフロントの人に声をかけた。
“あ…、すみません。ちょっと腹が立って。ところで36階と37階を借りてる人は居ますか?”
“え?あ、はい、確めてみます。”
怒ってた彼女が自分に話をかけて驚いたのか、ちょっと戸惑った職員がパソコンのディスプレイを確認して口を開けた。
“確認したら空いていましたが、何号室をご希望でしょうか?”
“よかった。じゃあ36階と37階の全部屋でお願いします。名前は空小路織衣【からこうじおりえ】で。”
窓の外には吹雪。
森の大地を凍りつける極寒の夜。
凍りついた地に建てられた古城の外はまだ夕方にもかかわらず、その空は真っ暗だった。
漆黒の大気に食われそうな古い城のとある部屋で老人と少女が向かい合っている。
何年も放置していたみたいに散らかしてる老人の銀髪とは真逆に、まるですぐ細工したような光沢を自慢しているような少女の銀髪は腰まで流れている。
ドレスのような服を着てる少女は、その顔と同じく、まるで中学生にしか見えない。
あまりにも白い肌とあまりにも赤い眼はまるで人ではなさそうに感じられる。
“今度こそ第三の魔法を手に入れるために手段を選ぶな。さあ、準備した聖遺物だ。バーサーカーとして召喚せよ、レイヤスフィール。”
“前回も負けたのに、またバーサーカーを用意しましたか?ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン。”
見た目とは違って大人らしい成熟した口調の言葉に老人が眉がひそめる。
きっと過去の聖杯戦争のことを思っているだろう。
確かに老人にとってあれは考えてなかった負けだった。
老人は誰かに言い訳でもするように語る。
“前回の負けの原因は二つだ。一つ、マスターである人形の人格が幼かったこと。そして二つ目が四回の聖杯戦争で生き残ったアーチャーの存在だった。故に二つの駒を用意した今回は聖杯を手に入れないわけがない。”
“もしそれでも聖杯を、第三の魔法を手に入れなかった場合はどうするつもりですか?当主”
少女の言葉が老人の胸に刺さる。
それは以前の聖杯戦争が終わった時も考えていた。
しかし今回こそ、その悲願を叶えると言う一念だけでここまで来た。
老人は決意をしたように答えた。
“ならば第三法への道を諦め、我らホムンクルスの起動を止めるまでだ。”
黒色に染った空の下。
あと一日や二日で満月になりそうな大きな月が光ってる空の下。
深山町の南にある西洋館が並んでる丘の一番上には至らずちょっと低い方にある、とある西洋館。
その洋館の地下で短い黒髪の青年と紺色のワカメを頭の上に載せてるような少年が話している。
“慎一【しんいち】、大丈夫か?無理する必要はない。”
黒いシャツに黒いパンツを着てる、二十代の肌が白い美青年が少年を心配していた。
だが元から表情には浮かない性格なのか、顔は言葉とは似合わず無表情なままだ。
その青年よりちょっと背が低い少年は青年の性格を分かっているようだ。
“そんなに心配しなくてもいいよ、霜兄。聖杯戦争について聴いた時に決めたことでしょ?今更だよ。”
霜と呼ばれた青年が白いTシャツにブルージーンズを着てる少年に黒い鋼の欠片を渡す。
“そうか、じゃあ頼んだぞ。協会のものを途中で奪った物だ。鈴木によるとセイバーの聖遺物だそうだ。”
欠片を受け取った慎一は地面に描いた陣の中心にそれを置いて陣の外に出る。
それから緊張したように魔力の濃い部屋の空気を吸い込んで、吐く。
“さあ、始まるよ。”
新都の大きいビルが並んでる繁華街から南に一時間くらい歩いたら出る、未だに開発されてない森の中にある、時々子供立ちが肝試しに使ってた幽霊屋敷の前に何者かが座って地に落書きみたいなことをしている。
首を隠すほど長い紺色の髪、日焼けしたような肌色に黒いラウンドティーシャツ、茶色のパンツ、ベージュのカーディガンを着てる彼の名は浅上露【あさがみろう】だ。
彼は特別な能力を持って生まれ、魔を退治することで有名な昔の浅神家の血を引いている。
今は浅上の名で生きている彼らの一族を継なぐのは本来なら彼、浅上露のはずだった。
だが彼が一族の意向で決めてない父親から生まれたという理由で跡継ぎの座から落とされ、放置された。
それでも、いや、だからこそ彼は家の偉い長老たちに自分を捨てたことを後悔させるために自分の力でロンドンの魔術協会である時計塔に入学し、その途中で知った聖杯戦争ってことに興味を持って中東と欧州の様々な所を旅した。
だがその全てが聖杯と呼ばれるには粗末な物であって、結局聖杯を諦め時計塔に戻ったのが今から一ヶ月前。
そしてその日、彼は自分の母親から父親が聖杯戦争に参加したことがあると聴きこの地に来たのだ。
露は立ち上がって、いつの間にか書き上げたものを眺める。
“Rock、上手く出来たな。次は詠唱か、どれどれ。”
そして始まる召喚の儀式。
失敗は許されない。
“閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。繰り返す都度に五度、ただ満たされるときを破却する。”
同じ時刻、深山町の北にある、他の住宅からちょっと離れた丘の上に建てられた大きい和風の屋敷。
今でも表札に衛宮【えみや】と書いてある、家の蔵でも同じ類の儀式が行なっている。
“素に銀と鉄。楚に石と契約の大公。祖には、わが大師シュバインオーグ。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。”
蔵の中、陣の中心に置いてあるのは古くて今にでも潰れそうな布が一つ。
詠唱を発している声の主人は、女にしては結構高い背にハーフみたいな顔付きをした二十代の女性だった。
その日、それぞれ他の土地で、それぞれ違う対象を呼ぶ呪文の詠唱が、全く同じ時間に起きたのは愚然としては非常によく起きた出来事だった。
どの術師もそれに願う望みは一つ。
ただ一つの奇跡を巡って、それを得るために血を血で洗う者たち。
彼らが時空の彼方にある英雄に向かって発した嘆願の声が今一斉に地上で響き渡る。
“告げる――”
今こそ、魔術師として自分が評価される時。
間違ったら命さえ失う。
それを実感しながらも円【えん】は断じて恐れなかった。
力を渇望する情熱。
目標を向かって真っ直ぐ走って行く絶え間のない意志。
そんな特徴だけを語るなら、遠坂円は間違いなく優秀な魔術師だった。
“――告げる。汝の身は我が下に、我が運命は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば応えよ――”
全身を包まれ回る魔力の風合い。
魔術師である以上逃されない、体の中を魔術回路と連動する冷えと痛み。
それを歯を食いしばって耐えながら、円は次の呪文を唱える。
“――誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者――”
慎一の視界が暗くなる。
背中に刻まれた間【まとう】家の魔術刻印が慎一の術を補助するために、それ自体が独自の詠唱を発する。
慎一の心臓が個人の意思を離れた次元から駆動され警鐘を鳴らす。
大気から取り入れた大源【マナ】に蹂躙された彼の体は今人であるための機能を忘れて一つの神秘を達成するための部品、幽體と物質を接続するための回路で転落した。
その軋轢に悩まされ悲鳴を上げる痛覚を、慎一は無視したまま注文に集中する。
横から固唾を飲んで見守る間桐霜の存在も、すでに彼の意識の中にはいない。
レイヤスフィール・フォン・アインツベルンは召喚注文に、乱入した禁断の異物、呼び出した英霊から理性を奪って狂気のクラスに低下させる二つの小節を入れる。
“――されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――”
側で見つめている老人の頭の中では複数な考えが交差した。
今度こそ第三法を成し遂げると熱望しているその考えは、すでに呪いのようなものだった。
それをわかっていてもどうしようもなく、数十年に渡り落とせることすら出来ない呪いは、それこそ彼そのものになっていた。
次の体に移せず、すでに限界に達し動くはずがない老人の体は呪いによって動くものである。
彼は今度こそこの呪いが解けるのを祈ることであった。
“――汝三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!”
そうやって呪禱の括りをつけると共に、体に流れて来る魔力の激流を限界まで加速する。
ほとばしる風と雷。
目を開けていられない風圧の中で召喚の模様が燦然と輝きを放ち、暗い地下室を照らす。
いよいよ魔法陣の中のパスはこの世界ではない場所と接続され、そこに一つの体が現れた。
“問おう。あなたが私のマスターか。”
本来であればこの世に存在するはずのない者は白い骸骨の仮面を被っていた。
どこかの地下室で骸骨の仮面を召喚した誰かとは違い、
“うおお!すごい!何、これ!雄鶏野郎、すごいものを送ったじゃん!よし、この戦争、僕の勝ちだ!”
喜んではしゃいでる遠坂円の前には黒の闇さえも振り切る、黄金のサーヴァントが立っていた。