魂そのものに戻るとき
〜ありがとう〜しかないと思うんだ。
絶対にそうだと
感じるんだ。
だから、
悩めることすらも
愛おしく思えたりするんだけど。
どうしてか?
仲良くしてくれている
友人たちまで、
見知らぬ他人まで、
優しそうな会社の人たちまで、
わたしは気づけば
時折、すべてを敵に感じてしまうのだろう?
きっと、まだ体が小さかった頃、
まだまだ見る世界が新鮮だらけで
頭が柔らかくスポンジみたいだった頃、
なにかこわい思いをしたのかもしれないね、
なにかいじわるなことをされたのかも
しれないね、
なんとなーく、あった気がする。
そしてそれらを真に受けて
世界が色づき、信じるカタチに
つくりあげたのかもしれないね。
いつかのあの日のわたし、
今より、何倍も何倍もの“初めて”が
待ち受けていたわたし。
いろんなことがあったね、
楽しいこと、たぁ〜くさんあった、
嬉しいこと、たぁ〜くさんあった、
だから、わたしは今でも人に恵まれ
環境に恵まれ、生きているね。
そして、こわいこと、どうにもならないと
感じたこと、理不尽なこと、
わかってもらえなかったこと、
誤解されたこと、、、
不運に感じられることもあったよね、
そしてわたしは、わたしを守ることに決めた、
きっとそうなのかもしれない。
敵がいるだろうから、
なにかこわい目にあうかもしれないから、
逆にね、わたしがしたことで、
誰かに壁を築かせてしまったことも
あっただろう、ごめんなさい。
ボルテックスに在れば
すべては愛と光ー
そんな当たり前のことも
恐れや不安は一瞬で見る世界を
変えてしまう。
何度体感してても、
無意識レベルでそれは起こる。
もう同じこと繰り返すのは辞めてみない?
いや、繰り返してるようで、
絶対に、螺旋状に上昇してる、
くるくる、同じ景色に思えてても
必ず視界が開けるところに
たどり着く。
それはわかってるのだけど、
もうこの思考パターンエゴは
辞めにしたい。
辞めにしよう。
気付いたら手放せる。
ありがとう、って。
わたしは大丈夫だからって、
小さな体で
圧倒的な大きさに思えていた世界
それはいつだって心の中にあって
大人になっても、内側に広がり続けていた。
そういうことだったんだね。
見てきた世界
魅せられた世界
トキメいた世界
楽しい世界
まだまだ体験したい!世界
どこまで行っても優しい世界
色褪せない世界
お布団みたいな世界
それって、、、あるから!
あるんだよ。
見ればね、心の目で
よく見て生きるー。
むずかしいことは
なに1つない。
だいじょーぶだよ◎