1. 「悟った人」は、なぜ退屈そうなのか?

「私はいない」「世界は全自動」。 

この真理に気づいた後、しばらくの間、

あなたは無敵の静寂に包まれます。

 

悩みはない。苦しみもない。

 でも同時に、どこか**「世界が遠くなった」**ように感じませんか?

 

目の前で泣いている人がいても、 

「ああ、そういう現象が起きているな」と分析してしまう。 

美しい夕日を見ても、 「脳内の視覚野が反応しているだけだ」と冷めてしまう。

 

まるで、映画のトリックを全部知ってしまったマジシャンのように、

 **「タネも仕掛けも分かっている世界」**に、

ときめきを感じられなくなってしまうのです。

 

「これが悟りなら、人間でいる意味なんてあるの?」 

 

そう思ったあなた。

おめでとうございます。

 それが、**「悟りの向こう側」**への招待状です。

 


2. 宇宙が犯した、たった一つの「愛すべきミス」

ここで、宇宙(あなた)に問います。

 

もしあなたが、全知全能で、完全無欠で、一つだけで満たされている「光」だとしたら。 何一つ不足がない、完璧な存在だとしたら。

 

……それ、つまらなくないですか?

 

完璧であるということは、 「驚き」がないということです。 

「欠ける」ことがないから、「満たされる喜び」もありません。 

「失う」ことがないから、「再会する感動」もありません。

 

そして何より。 自分ひとりしかいないから、「誰かを抱きしめる」

ことができません。

 

だから、宇宙は決めたのです。

 

 **「そうだ、自分を無数に分割して、記憶喪失になろう!」**と。

 

わざと不完全に。 わざと忘れっぽく。 わざと弱く。

 

そうやって作られたのが、「人間」というポンコツで愛らしいアバターです。

 


3. 「わからない」からこそ、震えるほど美しい

全自動運転の車に乗っていると知った上で、 

あえて**「このカーブ、怖いね!」**と叫んでみる。

 

映画の結末を知った上で、 あえて**「ハラハラして泣いて」**みる。

 

これが、悟りの先にある**「再没入(Re-immersion)」**という遊び方です。

 

「私がいない」と知っているからこそ、 今、ここで「私」という感覚を感じられていることが、奇跡のように思えてきます。

 

  • 今日、誰かと手が触れた温かさ。

  • 理不尽なことで怒ったときの、胸の熱さ。

  • 大切な人を失って流す、止めどない涙。

これらは、バグではありません。 

 

あなたが「完全なる光」だった頃には、喉から手が出るほど欲しかった

**「制限という名の宝石」**です。

 

悟りを開いたからといって、仙人のように霞(かすみ)を食べて生きる必要はありません。 むしろ、逆です。

 

誰よりも人間らしく、大声で笑い、ボロボロ泣き、泥臭く生きてください。

 

なぜなら、それをするために、 あなたはわざわざ「神様の席」を立って、

この地上に降りてきたのですから。

 


4. 答えは「愛」しかなかった

結局のところ、この壮大な宇宙シミュレーションの目的は何だったのか?

攻略するため? 成長するため? 解脱するため?

 

 いいえ、そんな高尚なものではありませんでした。

 

ただ、「愛し合いたかった」。 それだけです。

 

一つでは抱きしめられないから、二つになった。 

完璧では支え合えないから、不完全になった。

 

あなたが今、感じている「孤独」さえも、 

「誰かと繋がりたい」という宇宙の強烈な愛の裏返しです。

 

だから、もう大丈夫。 悟りなんて言葉、忘れてしまって構いません。

 難しい理論も、全部ゴミ箱に捨ててください。

 

ただ、明日会う人に、こう思ってください。 

 

**「ああ、この人も、私と愛し合うために、わざわざ分離してくれた私自身なんだ」**と。


5. エピローグ:おかえり、人間。

 

旅の終わりは、出発した場所と同じ場所でした。

 

 でも、景色はまるで違って見えます。

スーパーのレジ打ちのおばちゃんも。 道端の野良猫も。 鏡の中の、冴えない顔をした自分も。

すべてが、愛おしくてたまらない。 すべてが、光り輝く「神様の遊び」。

 

さあ、コントローラーはもう手放しましたね。 でも、ゲームはまだ続いています。

 

今度は「攻略」するためではなく、 

この愛すべき世界を、骨の髄まで**「味わう」**ために。

 

いってらっしゃい。 そして、おかえりなさい。

あなたの人間生活(ライフ)に、幸あれ。