一粒目
なんだかなぁ。
しっくりこないなぁ。
まだ目覚ましが鳴る一時間も前から僕はこんなことを考えている。
朝日と夕日って地平線沿いに太陽がいることは変わらないのになんでこんなに違うのかな。
ベランダでまだ冷たいと感じる朝の空気を材料に僕は肺のフィルターにタバコの煙を通した。
ここ、このときが僕が一番僕でいられる。うん。いられる。
ひんやり冷たい家の階段をゆっくり降りると、かぁちゃんがご飯を作っていた。
「もう少しゆっくり寝ればいいのに」
「まぁね。」
「会社はどう?」
どうでもいい。興味もないのにそんなことなんで聞くんだ?そんなに息子との沈黙が怖いのか?
もしくは・・・なんでもいいや。
「まぁね。」
「おはよう。」
だれがこのすっぴんをかわいいというだろうか。
「タケワカ、またじぃちゃんみたいに早起きして。」
妹だけがずっとこの呼び方だ。
「ねぇ、ご飯と納豆ね。」
「はいはい。」
朝からよくそんな重たいもの食えたもんだ。僕はパンがいい。
なかなか口の中からご飯が消えない。納豆がからみつく。朝からため息。
とうちゃんが死んでから、なんだか家が女子の部室みたいだ。
朝からどうでもいい会話が耳をつんざく。
「昨日バーゲン行ったら、ちょーかわいいばっくあったんだけど、かわなかったんだよね。」
「なんでよ。」
「だってよくみたら、微妙だったんだもん。」
それはなんだ。
「買えばよかったじゃない。」
「ちょっと、アタシに買わせてお母さん使うつもりでしょ。」
「ばれたー?」
また黄色くて鋭くとがった笑い声が僕の耳を突き抜ける。
ほんとどうでもいい。微妙ならそれはちょーかわいくないし。アタシに買わせてって、
それはかあちゃんからの小遣いだし。ばれたー?の後の舌を出す50代の女性の顔は
気持ちが悪いし。毎日これからずっとこの生活が続くのだろうか。
「タケワカはなんでおしゃれしないのよ。いっつもおなじジーパンにあの微妙なジャケット。
でもおしゃれしてもかわんねぇか!」
あー、無理。
女子更衣室でご飯を済ませ、自分の部屋に戻ってスーツに着替える。
僕は1ヶ月前に小さな人材派遣会社に就職したばかりだ。
何で人材派遣会社かと言われれば、面接攻略ブック78ページに書いてあることを
いうだけだ。面接に自分の言葉なんて発したことはない。
いつもの黒のスーツに白いワイシャツを着た。
3種類のネクタイの中から紺と薄いブルーのストライプタイを取り、締めた。
ネクタイは男性の性器をモチーフとして作られたって聞いたけど本当なのかな。
行ってきますなんていうわけもなく、僕は大量生産されることで安く提供できる靴を履いて、
さっさと家を後にした。
