朝6時に家を出て、病院へ向かいました。
出発前に「今から向かうね」と親にメールを送り、病院に着いたあとも到着したことを伝えました。
当時はコロナの影響で、手術の付き添いは2人まで。
来られない家族はテレビ電話で、手術前の親に声をかけてくれていました。
病棟の待合ロビーで待っていると、前日に説明をしてくれた執刀医が来られました。
「昨日はご家族の方に心配をさせてしまい…今日は精一杯やらせていただきます」
そう声をかけていただき、
「こちらこそよろしくお願いします」と頭を下げました。
そのとき、この先生なら、どんな結果になっても受け止められる。
そして、この先生ならきっと大丈夫。そう思えました。
しばらくすると、親から「今から病室を出る」と連絡があり、エレベーター前で合流しました。
手術室へ向かう短い時間。
「とにかくうまくいくから頑張って」
そう伝えると、手術室の前でぎゅっと抱きしめて
「待ってるからね」と声をかけました。
親は「頑張るよ」と笑顔で手術室に入っていきました。
9時少し前のことでした。
それからは、家族控室で待つ時間が始まりました。
手術ができなければそのまま閉じる、という言葉が頭から離れず、
時計ばかり何度も確認していました。
2時間経過。
「このまま続けられているのかも」
3時間経過。
「まだ大丈夫かもしれない」
4時間経過。
「少し安心していいのかな」
少しだけ落ち着き、院内のレストランへ行きましたが、ほとんど食べられず、すぐに戻りました。
16時30分過ぎ、説明室に呼ばれました。
先生から
「腫瘍は目視できる範囲はすべて取り切れました」と説明を受けました。
腫れていたリンパも切除し、実際に切除した腫瘍も見せてもらいました。これが腫瘍なのか…。
「今、執刀医が最後の縫合をしています」
その言葉を聞いたとき、涙がこぼれました。とにかく安心しました。
その後、再び呼ばれ
出血も少なく、輸血もせず、無事に手術は終了。すべて取り切れたとの説明でした。
ただただ、先生にお礼を伝えることしかできませんでした。
手術を終えた親がベッドで運ばれてきました。「無事に終わってよく頑張ったね」
そう声をかけると
「きつい。もう二度と手術はしない」
その一言だけのやり取りでした。
コロナの影響で、すぐに別れなければなりませんでした。
それでも心は晴れていました。
もし手術ができなければ数か月だったかもしれない命が、
今は2年の可能性がある。
そのことが本当にうれしかったです。
これからの時間を大切に過ごそうと、心から思いました。
