『子どもの虐待 ~子どもと家族への治療的アプローチ~』西澤 哲 著、誠信書房

尊敬する西澤 哲 先生の著書だ。
ある講演会に参加したときにこの書籍を持参し、直接、西澤先生からサインをいただいた!
西澤ファンのオレとしては、わが家の家宝級的な代物となっている(笑)
短大生の頃、とある研究室の書棚で何気なくこの1冊の書籍を手に取ったことがそもそものキッカケだった。
身体的虐待の項目を目にした瞬間、以前友人が語ってくれた過去の体験談が脳裏に浮かんだ。
彼は幼い頃から父親に暴力を振るわれて育った。
彼の母親もまた父親に暴力を振るわれていて、その様子を目の当たりにしながら幼ない彼は育ってきた。
飲酒すれば酒乱になり、女房・子どもに対してエスカレートする暴力暴言の嵐・・・。
挙句の果てには外で別の女性と浮気して家に帰らないなど、彼の父親は好き勝手やりたい放題の滅茶苦茶な人間だった。
彼の母親も手料理を子どもたちに作る機会は数少なく、レトルト食品が並ぶことの多い食卓だった。
なおかつ、家族そろってみんなで食卓を囲むという機会にも乏しい家庭だった。
その体験談とこの書籍に書かれていたコトとを照らし合わせてみたとき、「彼が体験してきたことは虐待ではあるまいか?」と気づいた。
この友人だけでなく、まわりを見渡してみると彼と似たようなケースがいくつかあって、「もしかしたら、これは何かの導きかもしれない」と思い、子どもの虐待分野をもっと深く広く学ぶために4年制大学への編入学を決意するに至った。
『まわりを見渡してみると彼と似たようなケースがいくつかあって』と書いたけど、そのほとんどが酒乱のケース、すなわち飲酒すると虐待気質に拍車が掛かって家族に暴力を振るうというケースだった。
じつは、うちの母方のジイちゃん(故人)が酒乱で、毎晩のように飲酒しては家族に暴力を振るったり、家の中で暴れて物を投げたり、また飲み屋へ行ってはお店の中で暴れてケンカしたり、お店の備品を壊したり、とにかく滅茶苦茶な人だったらしい(バアちゃんが包丁を握りながらジイちゃんとケンカしたこともあったとか・・・)。
お酒が入っていなくても、日頃、暴言(子どもをこき下ろすような言葉)を発していたりしていて、とにかく子どもたち(オレの母親とその弟妹たち)にとっては不快極まりない人物だったそうだ。
いまでいう心理的虐待にあたる行為なんだろうけど、そりゃ子どもたちにとっては不快極まりない父親だったろうなぁ・・・と思う。
また、子どもたちがイタズラをすれば、たわしで子どもの顔をこすってその上から口に含んだ焼酎を吹きかけるという行為をしたり、「悪いことをしたから捨てに行く!」といって外灯ひとつない隣町の林に子どもを車で連れ出して真っ暗な林の中に置き去りにして帰ってきたりなど、しつけという範囲を逸脱したようなコトを日常的に行なっていたらしい。
でも、娘(オレの母親)が結婚して、その婿(オレのオヤジ → 警察官)と一緒に同居するようになったとたん、ジイちゃんが少しずつ変わり始めていった。
とくに、オレが生まれてからは飲酒して暴れるようなことは一度も起こらなかったし、イタズラで悪いことをしてもオレはジイちゃんからゲンコツ1発すらもらったことがない。
オレ(初孫)という存在が出来たことと、警察官の娘婿というある意味『犯罪行為を取り締まる人間』との同居がジイちゃんの酒乱や暴言の抑止力になったのかどうかはわからないけど、オレの母親の結婚を機にジイちゃんがまるで別人のように変わったことは確かだった。
『ヒトは環境をつくる、環境はヒトをつくる』というけど、良くも悪くも環境はヒトを変えられるだけのスゴいチカラがあるのかもしれない。
ジイちゃんのケースを振り返ってみると、そんなふうに思えてしまう。