アパートの住人が孤独死をされた。
その知らせを聞いてから一日が経った今も、胸の奥に重く残ったまま。
昨日、出先から戻った夫から、同じ通路の2部屋先、Cさんの部屋に警察が来ていると聞かされた。
どうやらCさんはお亡くなりになったとのこと。
死因はわからないが、ご遺体の腐敗が進んでいたと言うことだけはわかっている。
ここはシニア向けのアパートなので、住人が亡くなること自体は決して珍しいことではないけれど、孤独死という言葉には、どうしても心がざわめきます。
なぜ誰にも気づかれず、そんな結末を迎えなければならなかったのか、考えても考えても答えが出てこない。
Cさんとの出会いは、ある日通路に出ていた我が家の猫を見て、「うちにも猫がいるのよ」と声をかけてくださったのがきっかけ。
それ以来、顔を合わせれば軽く挨拶を交わす程度のご近所付き合いでした。
けれど、いつの頃からかCさんの部屋からタバコの匂いが通路にまで漂うようになり、周囲の住民から苦情が出るようになりました。
事務所が何度か電話で注意をしても、しばらくするとまた煙の匂いが戻ってくる。最終的には文書での通告まで出されたそうですが、それでも時間が経つとまた元に戻ってしまう。まるでいたちごっこ。
その出来事が直接の原因だったのかはわかりませんが、Cさんが部屋から出てくる姿を見かける機会は、いつの間にかずいぶん減っていたように思います。
それがさらに孤立を深める一因になってしまったのではないか、そんな気がしてならない。
あくまで私の憶測にすぎませんが。
最後にお見かけしたのは、エレベーターの中でした。
いつものように笑顔で軽く挨拶を交わし、姿勢もすらりとしていて、品のある装いがどこか貴婦人のよう。
ただ、そのときのお顔の色がどこか土気色を帯びていて、体調が思わしくないのではと気になりました。
後から聞いた話では、アルコール依存症を抱え、肝臓を悪くされていたそうです。
タバコひとつやめるのも容易ではないのに、アルコールとなればなおさらでしょう。
語弊を恐れずに言えば、そうした刹那的な生き方に、どこか潔さのようなものを感じカッコいいとさえ思えてしまう。
もちろん、喫煙は禁じられた行為ですし、許されることではないけれど、もしそれがどうしようもない孤独や心の痛みからくるものだったとしたら、誰が責めることなどできるのだろうかとも思う。
昨夜はうとうとしては目を覚ますのを繰り返し、ふと彼女の愛猫のことが頭をよぎって眠れませんでした。
今朝、夫がたまたまCさんの部屋に入っていく娘さんを見かけ、お悔やみを伝えたところ、涙をこぼしながら「ありがとう」と言ってくださったそうです。(娘さんとは同居はされていないです)
その際、猫のことも尋ねてくれたのですが、無事に保護されたとのことでした。
それを聞いて、ようやく胸のつかえが少しおりた気がします。
彼女のご冥福を心よりお祈りしながら、この文章を綴りました。
少し重い内容になってしまいましたが、もしお気持ちを曇らせてしまったとしたら、どうかお許しください。