じみぃべいつです。

 

 8月4日はジャンプコミックスの発売日で、毎週記事を書いている「あかね噺」第23巻を購入いたしました。

 

 

 今回も読みごたえがありました「あかね噺」第23巻のご紹介をさせていただきます。

 

 

 

 

 

 

 「一生會」の前夜祭「一之會」の盛り上がりをよそに阿良川あかねは不機嫌です。

 

 

 会場のあちこちで自分だけでなく阿良川魁生兄さんですら会場で出会うお客さんたちから「若いけど大丈夫?」と、その力量を過小評価されたからです。

 

 

 そんな時いきなりあかねの背中をバシッと叩く女性が現れます。

 

 

 この女性は「我成晶子」さん、テレビ界の女帝との異名を持つ女傑で阿良川一門を今日の地位に押し上げたという最大の功労者だそうです。

 

 

 我成女史から昔の阿良川一生師匠に志ぐま師匠の事を聞いていたあかねに、いきなり司会の阿良川剣びしからステージでの余芸の紹介をされるのです。

 

 

 寝耳に水のあかねに阿良川一剣師匠は、イレギュラーの事態だから無理をして一生一門の看板に傷を付けなくていいと言われるのですが、あかねは自分たちを過小評価するお客たちを見返すため、魁生兄さんとステージに立つと宣言するのです。

 

 

 

 

 

 

 そんな二人がおこなったのは「かっぽれ」、それも「喧嘩かっぽれ」(日本版のダンスバトル)で観客を魅了するのです。

 

 

 

 

 自分たちを侮っていた観客を見返した二人は、それぞれ明日の「死神双宴」に挑む胸の裡を、同門の阿良川嘉一や阿良川ひかるに打ち明けるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夜明けて「一生會 昼の部 死神双宴」本番、司会の剣びしのかわりに現れた男はなんと!阿良川四天王の一人で“喜劇王”の異名を持つ阿良川全生師匠だったのです。

 

 

 全生師匠は会場の客の約半数しか「死神」の演目を知らないと知るや、これからの「死神双宴」をより楽しめるようにと、ネタバレをしてしまうのです!

 

 

 これにパニックになる阿良川〇ん玉ら一生一門の門下生たち。この会はもう終わりだと。

 

 

 しかし逆にこれがあかねや魁生兄さんの闘志に火をつけるのです。

 

 

 

 まず“お先”あかねが舞台に向かうのですが、全生師匠にメンチを切る余裕を見せて演目「死神」に流暢に入るのです。

 

 

 多くの観客の好奇の視線にさらされるあかねですが、そこは今までの研鑽の賜物でものともしません。

 

 

 

 配信であかねの高座を見つめる「柏家禄郎」兄さん、椿家正明師匠からの稽古でのあがりでみせたその「死神」を魅せつけるよう期待するのです。

 

 

 

 禄郎兄さんの言うあかねの“化ける死神”とは?

 

 

 

 作品派の芸を磨いて来たあかねの、新たに手に入れた領域とは?

 

 

 

 

 そしてその高座を見つめる観客に起こった出来事とは?

 

 

 

 

 

 …といった内容です。

 

 

 

 なおこの巻では若き日の一生師匠と志ぐま師匠が我成女史に当時流行っていた「漫才」をやらされたという逸話も描かれています。

 

 

 そして単行本オリジナルのあかね小噺では、ひかるが船旅を楽しもうとするあかねに粋な計らいをするエピソードも描いてあり、これも笑わせてくれますw

 

 

 

 この第23巻「死神双宴‐桜‐」には、第197席「おバカ上等」から第205席「まるで嘗ての」の9話が収録されております。

 

 

 なおこの巻収録の話は全て過去の記事に書いていますので、興味のある方は読んでいただけると嬉しいです。

 

 

 

 

 

 

 Scorpions Wind Of Change

 

 ドイツの英雄 Scorpionsのメガヒットアルバム’90年発売の「Crazy World」からの大ヒットシングルであり、’70年代から活躍していた彼らの最大のヒットナンバーであります。

 この曲のバックグランドを説明します。

 ’88年5月に当時のソ連のレニングラードで、西側のHR/HMアーティストとして初めてのコンサートを彼らは行います。

 これは当時のゴルバチョフ書記長のペレストロイカやグラスノスチ政策の一環で行われました。

 しかし当時はまだソ連の街や体制は厳格なもので、空気が張りつめていたようだったと Klaus Meineは語っておりました。

 翌年ペレストロイカ政策等も国内に浸透し西側の態度も大分穏やかなものとなったために、 Bon Joviをヘッドライナーに据えての「ロックフェスティバル」が8月にモスクワで行われ、彼らも当然参加します。(以前ソ連国内でのコンサートを成功させた実績を買われてのことです)

 このフェスティバルは出演者間でちょっとしたいざこざがありましたが、彼らには関係のないことで、それよりも Scorpionsのメンバーは1年余りでソ連の街の雰囲気が大分穏やかになったことを実感します。

 そのためニューアルバムにこの時のモスクワ市内のことを歌った「Wind Of Change」を作成します。

 そしてアルバムの売り上げはいつも通りだったのですが、この曲を’91年に第三弾シングルとしてリリースすると全米4位の大ヒットとなり、アルバムも彼らには異例のロングセラーとなります。

 当時ベルリンの壁が壊されたりソ連が崩壊したり、東側諸国が相次ぐ民主化の波がちょうど押し寄せたとは言っても、実際にその目で以前との違いを目の当たりにしてきた彼らだからこそ、この名曲を作り上げることができたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 あかねにとっても重要な高座になるであろう第23巻です!

 

 

 ドイツの英雄Scorpionsにとっても重要な位置づけとなったアルバムです。