2019年11月、渡航時の薬の携行についての私の記事(第23回日本渡航医学会学術集会レポート(3)「薬の携行、『気をつけないと捕まりますよ!』」)が掲載されたのと同じタイミングで、元五輪選手が大麻取締法違反の疑いで逮捕されました。彼が大麻を持って渡航したわけではなく、米国から大麻製品を国際郵便で密輸したということでした。

 その後、間もなくして、女優の沢尻エリカさんが合成麻薬MDMAを所持していたとして逮捕されましたが、彼女の元夫は、『大麻ビジネス最前線』という本の著者。沢尻さんの麻薬使用は、確信犯的なものと見受けられます。

 警視庁の統計によると、日本での大麻所持・使用による検挙数は毎年増加しています。これを、「カナダのように嗜好用大麻を解禁した国々のせいだ」と言われると、私も多分そうだろうと思います。ただ、カナダについては違法な大麻の使用が広がり過ぎたために、合法化せざるを得なかったという背景もあります。

 2018年、カナダでは、吸入用の嗜好用大麻が解禁されましたが、19年10月には飲食用の大麻製品が解禁されました。 これらは、以前から闇市場や他の国で流通していたものなので、特に目新しいものではありません。

 しかし、今後、より多くの旅行者が興味本位でお土産として日本に持ち帰るという事態は十分に想定されます。もっとも、大麻菓子とは知らずに海外から日本に持ち込み、健康被害が報告された後で、実は大麻を摂取していたという事態は既に起きています。

写真1 2019年7月にバンクーバー国際空港にて(著者撮影)

 バンクーバー国際空港の出国ゲートには、一応、「大麻の持ち出しは違法である」とのサインを表示して注意を喚起していますが(写真1)、特に誰かがチェックするわけではありません。

 2018年、「グリーンラッシュ」に関する記事を何本か書きましたが、19年4月ごろをピークに大麻栽培業各社の株価は軒並み下落し、一攫千金どころの話ではなくなっています。

 カナダの大麻栽培業最大手であるキャノピーグロース社のCEO(最高経営責任者)として活躍し、またカナダの大麻産業のアイコンとして注目を浴びたブリース・リントン氏は、19年7月に事実上更迭されました。カジュアルな姿で積極的にメディアに登場し、多くの強気なコメントを残すことで、自社のみならず大麻産業の発展に寄与したリントン氏ですが、大赤字を作った元凶としてクビになったと告白しています。赤字の原因は、想定外の売上高低迷と、欧米や中南米への国際展開、飲食用製品という新たな嗜好品の開発、そして化粧品分野への進出といった事業拡大によるものとされます。

 2019年の大麻含有飲食用製品の解禁により、合法大麻が新しいステージに入ったということで、「Cannabis(カンナビス) 2.0」という言葉がよく使われます。しかし実際には、Cannabis 2.0を見越した投資は昨年から行われており、キャノピーグロース社の筆頭株主は、世界でコロナビールを販売するコンステレーションブランド。マルボロのたばこで有名なアルトリア社は、カナダ大麻栽培業大手のクロノス社と、「バドワイザー」でお馴染みのアンハイザー・ブッシュ・インベブ社はTilray社と提携しています。

 こうなると、薬の専門家の薬剤師としては、少なからず大麻について知っておく必要が出てきます。もちろん、カナダの薬局で仕事をしている私は、大麻の成分について質問されたことは、1度や2度ではありません。このような状況を踏まえ、この数年、勉強会やカンファレンスでは毎回必ずと言ってよいほど、医療用大麻についてのレクチャーが盛り込まれていますが、その背景には、嗜好用大麻の合法化以降、高齢者による使用が増えているという事実があります。

 大麻草の代表的成分であるTHC(テトラヒドロカンナビジオール)は、酩酊感や陶酔感といった、いわゆる「ハイ」の状態を起こすことが知られている一方で、CBD(カンナビジオール)には、このような精神作用がありません。このCBDが2019年、米国の美容・健康業界で大ブームとなりました。植物由来の成分で心身がリラックスし、不眠や慢性痛に効果があるためです。

 2019年4月には、聖マリアンナ医科大学でCBD(カンナビジオール)を含む難治性てんかん治療薬の臨床試験の申請準備を始めたというニュースがありました。大口善徳厚生労働副大臣(当時)は、対象患者を絞り、薬の管理を徹底することなどを条件に、治験は可能と回答したそうです。

 ところが、19年7月にはCBD入り飲食物がニューヨークで販売禁止となり、また、米国食品医薬品局(FDA)は19年11月25日付の報告書の中で、「CBDの安全性については、限られたデータしかなく、無害を裏付ける確証がない」と発表しました。

 また、本コラムの19月12月13日掲載記事で、清水篤司先生が電子タバコにTHCが含有されていたことを紹介されていますが、この電子たばこは英語でベイポライザー(vaporizer)で、より一般的にはベイパー(vapor)と呼ばれます。ベイパーは液体状の大麻を吸入するための器具です。CDCがベイパーと肺疾患の関連を報告したことで、今後ベイパー使用者の数が減少するかもしれませんし、逆に有害物資を取り除く改良版のベイパーが登場するかもしれません。

 各国の法規、医療用または嗜好用という使用目的、そして安全性と有害性のはざまで、大麻草が揺れ続けています。今後のグリーンラッシュの行方が気になるところです。


(佐藤厚=カナダのブリティッシュコロンビア州バンクーバー郊外で薬局薬剤師として勤務。2014年に国際渡航医学医療職認定[Certificate in Travel Health]を取得し、現在に至るまで薬局内トラベルクリニックを担当。星薬科大学卒業、同大大学院修士課程修了。国際渡航医学会、日本渡航医学会会員