今年3月、日本精神科病院協会(日精協)は、症状の著しく進行したアルツハイマー病に対する抗認知症薬の使用方法を示すアルゴリズムを取りまとめた。同アルゴリズムは、国内で初めて抗認知症薬の減量・中止の方法を示すもの。減量・中止時には、BPSD(認知症の行動・心理症状)の再燃を注意すべきとする。


 日本精神科病院協会(日精協)によるアルゴリズムは、重度の認知機能障害のほか、摂食・嚥下困難、言語的疎通困難、寝たきり状態など「認知症が著しく進行した段階」のアルツハイマー病を対象とする(図1)。これは、平成30年度厚生労働省老人保険事業推進費等補助金による「循環型の仕組みの構築にむけた円滑な退院・対処や在宅復帰支援の推進に関する調査研究事業」の一環としてまとめられたもの。

図1 重度アルツハイマー病に対する抗認知症薬の使用アルゴリズム
認知症が著しく進行した段階とは、摂食・嚥下困難、言語的疎通困難、寝たきり状態などを指す。なお、リバスチグミンとガランタミンの適応は軽症、中等症のアルツハイマー病なので重度の患者には使用できない。(「循環型の仕組みの構築にむけた円滑な退院・対処や在宅復帰支援の推進に関する調査研究事業報告書」を一部改変)

「抗認知症薬には、時に精神症状の抑制効果がある」と話す大垣病院の田口真源氏。

 このアルゴリズムを取りまとめた日精協理事で、大垣病院(岐阜県大垣市)理事長の田口真源氏は、「このアルゴリズムは抗認知症薬の中止を目的としたものではない。薬物治療が患者のためになっているかを要所要所で検討してもらうために作成した」とアルゴリズムの位置付けを説明するが、重度に進行した段階では、認知機能障害に対する効果(ベネフィット)が得にくくなり副作用のリスクが高まることを指摘する。

重度では薬物中止でも認知機能に変化はまずなし

筑波大学の水上勝義氏は「家族には薬を継続することのメリットとデメリットをよく説明してほしい」と要望する。

 アルゴリズムは、抗認知症薬の効果と有害事象を評価し、メリットよりもデメリットが大きいと判断し、かつ、BPSDも認めない場合は、家族に十分な説明を行って理解を得た上で、減量・中止するとした。

 認知症診療に詳しく、今回のアルゴリズム作成にも関わった筑波大学人間総合科学研究科教授の水上勝義氏は、「重度の患者で言語的な疎通が困難な場合や自発性が著明に低下した場合には、抗認知症薬の効果判定が困難なことが多い。このような重度のアルツハイマー病では、抗認知症薬の投与を中止しても状態に変化が見られないことが多い」と語る。

  加えて、身体機能の低下が進むため、薬剤の副作用が出やすくなる。「重度の患者は何らかの副作用が生じても、それをうまく表現できない。そのような患者への投薬はより慎重になるべき」と強調する。

 重症例で、副作用として生じやすくなるのが、ドネペジル(アリセプト他)では不整脈や徐脈などの循環器症状や食思不振や嘔吐などの消化器症状。メマンチン(メマリー)では傾眠やふらつき、腎機能の悪化なども生じやすい。田口氏も、「消化器症状で食欲がなくなればフレイルが進行してしまう」と注意を喚起する。

  中止する際は、1〜3カ月かけて減薬する。水上氏は、「中止後、1〜2週間は慎重に経過を観察してほしい。何らかの悪化が見られた時点で再投与すれば、回復が期待できる」と語る。

  また家族にもきちんと説明し了解を得ることが原則。水上氏は、「患者の家族には、薬物療法の継続を希望される方が多い。家族には薬を継続することのメリットとデメリットをよく説明してほしい」と要望する。これまで効果が不確かなまま家族の希望で薬物療法を継続してきた医師に対しては、「このアルゴリズムを用いることで、適正な薬物療法について家族への説明がしやすくなれば」とも言う。 

注意すべきはBPSDの再燃

 重度アルツハイマー病への抗認知症薬は、このようなアルゴリズムに沿えば、多くの患者で安全に中止できそうだ。ただし中には、抗認知症薬がBPSDの抑制効果を発揮しているケースもあるので、中止する際は、BPSDの再燃に注意したい。

 田口氏は、「アルツハイマー病に対する抗認知症薬は、時に精神症状の抑制効果があり、中止により幻覚や幻聴が生じることがある」と指摘する。「中止を検討する際は、患者の家族に、幻覚や幻聴を生じたことがないかを確認し、そのような既往がある患者では特に慎重に対応してほしい」(田口氏)。

 ドネペジルは、BPSDの中でうつや不安、アパシーに効果がしばしば見られる。「ドネペジルの中止でアパシーが悪化すると、周囲への関心や食べることへの関心がなくなってしまうことがある」と水上氏。一方、メマンチンは、行動障害や攻撃性を抑える効果があると考えられている。アルゴリズムでは、これらの効果による患者の生活機能への改善効果が確認されれば、慎重に継続するとしている。田口氏は、「その時、その時で、この介入が本当に患者の役に立っているかを考え、かつ薬物は体力や体調などを勘案して、その人その人の適量を常に考慮するのが原則。単純に少量にすればいいというものではないことが認知症を含めて老人医療では重要」と力を込める。

 一方で、減薬・中止により、薬剤の副作用に気付くこともある。「進行とともに体重が減るなどして相対的に用量が増えたり、薬の代謝や排泄が低下することで抗認知症薬の副作用が表れやすくなる。例えばドネペジル服用中に嘔吐などの消化器症状や徐脈が生じたり、メマンチンを服用中の患者に傾眠が強く出る場合、用量を減らすことで状態が改善することがある」と水上氏。

 日本認知症学会による『認知症疾患診療ガイドライン2017』でも、抗認知症薬の中止が考慮されてはいたが、今回の日精協のアルゴリズムほど詳細ではなかった。田口氏は、「本来であれば、関連学会がガイドラインとして示すべきものだが、ガイドラインに記載できるほどエビデンスの蓄積が十分ではないのも事実。そのため、まずは日精協の会員向けアルゴリズムとして取りまとめた」と説明する。今後、アルゴリズムに沿った薬物療法の調整が臨床現場で行われることで、新たなエビデンスが構築されることも期待している。