日本の学会が大きく変わりつつある。そして残された課題も明確になってきたようだ。7月18日から20日まで京都で開催された第17回日本臨床腫瘍学会学術集会(JSMO)、7月初めにスペイン・バルセロナで開催された消化器癌の国際学会、ESMO World Congress on Gastrointestinal Cancer 2019を取材してそう感じた。

 まず、JSMOでの出来事について。今年のJSMOは、海外の参加者、特にアジアからの参加者が多く、ほとんどの口頭発表が英語で行われたのが印象的だった。最近、英語のセッションが行われる学会も増えてはいるが、ここまで英語での発表が多い学会は記憶にない。日本の学会の国際的な地位の向上のためにはとても良いことだと感じた。初日から海外の参加者が英語で質疑応答するのを聞きながら、時代は変わってきたことを痛感した。

 そう感じながらも一つだけ、英語で行われると聞き、不安に思っていたセッションがあった。それは、最終日の午後に開かれた「Urgent Debate: Latest Evidence and Future Perspective of 1st Line Therapy for Advanced Gastric Cancer」(緊急討論:胃癌ファーストラインの最新知見と今後の展望)だ。このセッションは、米国臨床腫瘍学会などで胃癌の1次治療に関する重要な発表が2本相次いで行われたのを受け、日本の実臨床にどう使えば良いのかを議論するセッションだった。注目度は高く、当日は2カ所に中継会場が設けられた。

 このセッションでは、どのような患者を対象に、どの治療薬を選択するかといった、非常に細かな討論が必要になることが想定された。参加者からも、「微妙なニュアンスが英語できちんと伝わるのか」と心配する声が上がっていた。

 ところが、開始時間になって急遽、座長から変更が発表された。議論の対象となる薬剤の試験の概要説明は予定通り英語で行うが、ディスカッションは日本語で行うのだという。

 結果的に、多くの時間が割かれたディスカッションでの議論は大いに盛り上がった。会場からの意見や質問も多数、出された。参加者からも「面白かった」「大いに役立った」との声が相次いだ。英語のままのディスカッションだったとしたら、表面的な内容に留まっていたのではないかと強く感じた。

 学会の国際化は歓迎すべきだが、セッションの目的に応じては柔軟な対応をとることの大切さを示した良い例だった。

欧米の学会はITで変革が
 一方、ESMO World Congress on Gastrointestinal Cancer 2019で痛感したのが、海外の学会はIT技術で大きく変貌していることだった。

 参加者はまず、スマホもしくはタブレットに学会のアプリをダウンロードする。アプリでは、プログラムを見たり、演者を検索したり、スケジュール管理をしたりができる。もちろん、ここまでは別に新しくも何でもない。日本の学会でも普通に行われていることである。

 アプリの内容を見ているうちに、「Interact」という項目が画面の左上にあることに気が付いた。何気なくクリックすると、会場を選ぶ場面が出てきた。そこで、自分がいる会場を選択すると、スライドが画面に出てきた。前をみると表示されているスライドは目の前のスライドと同じ。でも、これも米国の学会ではよくあるサービスで、それほどは驚かなかった。

 そして、セッションの間の休憩時間。日本の参加者が「このアプリはすごい!」と騒いでいるところに出くわした。何がすごいか聞いてみると、手元のスマホで表示されたスライドをそのままメールで飛ばせるというのだ。

 早速、次のセッションで記者も試してみた。スライドが出ている画面で、選択一覧を押すと「Share」という項目があった。それを押すとメールが立ち上がり、そこからスライドをメールで飛ばせることが確認できた。送り先は自分だけでなく、他の人にもできる。確かにこれは凄い。ここまでできるアプリは初体験だった。

 それだけではない。マーカー機能やペンの書き込み機能がついていて、表示されたスライドにマーカーで重要だと思われるところに線を引き、その状態のスライドをShareでメールに送ると、マーカーが入った状態のスライドを送ることができるのだ。学会に参加できなかった同僚に、自分がマーキングした注目スライドを会場からほぼリアルタイムに送信できるわけだ。

 さらに表示されたスライドの下にはコメント記入欄と表示欄があった。ここに発表の直後から、参加者が意見を書き込んでいく。「ここは過去の試験の報告とは異なるのでは?」とか「■△○は驚きだ」といったコメントが流れ、それぞれのコメントにさらにコメントが返されていく。発表内容をちゃんと保存できた上に、参加者の双方向コミュニケーションが積極的に行われ、終わったばかりの発表についての解釈や理解がどんどん深まっていくのだった。

 セッション後の休憩時間。発表された試験の結果について、会場にいる日本からの参加者に話を聞いてみた。話題にしている発表のスライドが、お互いの手元にある状態なので、取材はとても楽だし、深い質問ができた。これは研究者同士でも同じだろう。学会で発表された内容についてすぐに議論でき、しかも他の参加者の様々な意見や疑問が瞬く間にシェアされることの意義は、とてつもなく大きく感じた。

 以前の記者の眼でも書いたが、国内の学会も、そろそろITの活用を真剣に考える段階に来ているのではないだろうか。いつまでも「撮影禁止」などと規制ばかりしているようでは、日本だけが世界から取り残されてしまうことになりかねない。