鼻血が出たら臥位で安静に。捻挫は湿布を貼って包帯で固定。蛇にかまれたら切開して吸引…。あなたは、まだこんな応急処置をしていないだろうか。長年言い伝えられてきた応急処置法の中には、実は根拠がなかったり、かえって予後を悪化させる迷信の類いも少なくない。本特集では、救急医療の専門家に取材し、最新の医学常識に基づく適切な応急処置法を紹介する。

× まず気道確保と人工呼吸を
 真っ先に心臓マッサージを

 心肺停止患者の心肺蘇生CPR)の手順は、これまで長年の間、以下のように「ABCの順」で行うと定められていた。まず気道確保(Airway)をし、人工呼吸(Breathing)、心臓マッサージすなわち胸骨圧迫(Circulation)を行うという流れだ。

 しかし、その手順はもう古い。蘇生の手順は2010年を境に、国際蘇生連絡協議会(ILCOR)の主導によって大きく変わった。新しい手順は「CABの順」、すなわち胸骨圧迫、気道確保、人工呼吸の手順で行うよう変更された(JRC[日本蘇生協議会]蘇生ガイドライン2010、図1)。


ぽちルンルン部屋

「手順の真っ先に胸骨圧迫が来たことが大きな変更点で、最も強調して広めるべきだ」と語るのは、横浜旭中央総合病院(横浜市旭区)循環器内科部長の源河朝広(げんか・ちょうこう)氏だ。

 気道確保して人工呼吸をする手順を踏むと、胸骨圧迫の開始が約20秒遅れるとされる。それよりまず胸骨圧迫を行い、一刻も早く血液を脳に送り込むことを優先したわけだ。

 実際、心停止患者には胸骨圧迫のみを行う方が、人工呼吸を加えるよりも蘇生率が2倍近く高かったという日本の有名な試験結果(SOS-KANTO試験)が、Lancet誌に報告されている。また、AEDを装着するまでに何もしなければ生存退院率が1分ごとに7~10%低下するが、胸骨圧迫を行えば低下が1分ごとに2~3%にとどまるといわれる(図2)。



ぽちルンルン部屋


図2 倒れてから除細動を行う前の処置ごとの時間経過と生存退院率
除細動の前に胸骨圧迫のみを行った群、胸骨圧迫と人工呼吸を行った群、CPRを行わなかった群で比較すると、胸骨圧迫のみの群が最も生存退院率が高いというデータを模式化したもの。
(出典:Nagao, Current Opinion in Critical Care 2009, 15:189-97.)

 正しい胸骨圧迫は1分間に100回以上、深さ5cm(小児は胸郭厚の3分の1)以上で、これを遵守しないと蘇生率が低下することがデータ上示されているが、「心肺蘇生の講習に来る医師の6~7割は、正しくできていない」(源河氏)という。医療関係者にこそ質の高い胸骨圧迫を広める必要があると、源河氏は強調する。

呼吸の確認作法は不要
 また、呼吸の有無を判断するのに、旧ガイドラインでは「胸の動きを“見て”、耳を近づけて“聞いて”、吐息を“感じる”」といった手順を踏むよう記載されてきたが、それもなくなった。福井大病院総合診療部教授の林寛之氏は「そんな手順を踏まなくても胸の動きを見れば分かる。手順を重視して胸骨圧迫の開始が遅れる可能性が考えられるため、取り払われた」と解説する。

 むしろ重要となったのは、「死戦期呼吸」かどうかの判断だ。死戦期呼吸とは喘ぎ呼吸、下顎呼吸と呼ばれることもあり、顎は動くが胸郭はほとんど動かず、通常の呼吸(1~5秒に1回)に比べて周期が長く(1分間に数回)不規則なのが特徴だ。

 この死戦期呼吸を、正常な呼吸と誤認して心肺蘇生を行わないといったケースが問題となっている。「『死戦期呼吸に惑わされるな、呼吸が異常ならCPRを開始せよ』というのが、新しいガイドラインの重要なメッセージだ」と林氏は語る。

換気はアンビューで十分
 また、気管挿管は日常業務として行っている人以外はやらない方が無難だ。理由は、誤挿管が起きやすいことと、胸骨圧迫の中断時間が長くなるため。「誤挿管が起きる割合は2割と高く、それが訴訟の原因にもなりやすい。挿管のために胸骨圧迫が5分以上中断されるケースも多く、やらない方がいい」と源河氏は語る。

写真1 バックバルブマスク(上)とラリンジアルマスク(下)
バックバルブマスクのマスク部分を外しラリンジアルマスクに装着して使うこともできる。

 「換気の維持は、気管挿管ではなくバックバルブマスク(アンビューバッグなど)やラリンジアルマスクなど(写真1)を使えばいい」とアドバイスするのは林氏だ。ラリンジアルマスクは麻酔科医や救急隊などがよく使用する器具で、喉頭部に挿入後空気を入れて膨らませるバルーンで喉頭を覆い、気道を確保するもの。通常の気管挿管より挿入しやすく誤挿管が起きにくい利点がある。人工呼吸の代わりにこれらを用いれば、換気がより簡便になる。

CPRファーストを誤解しない
 AEDを使う際の注意点としては、CPRファーストAEDファーストという2つの概念の間に誤解がある。

 AEDファーストとは標準的な手順で、倒れていた患者に「AEDを装着して除細動が必要と判定されたらすぐに電気ショックを与える」というもの。これに対して最近提唱されているCPRファーストとは、「AEDを装着して除細動が必要と判定されても、すぐにショックを与えるのではなく、2分間程度のCPR(胸骨圧迫と人工呼吸)を行った上でショックを与える」といった方法だ。

 この概念が提唱されている理由は、虚脱時の目撃がない心肺停止患者の場合、倒れてから長時間経過していると心筋エネルギーが枯渇してショックへの反応が悪くなる。そこでCPRを2分程度行うことにより心筋のエネルギーを回復させれば、すぐにショックを与えるよりも蘇生率が高くなると考えられ、実際にそのような結果も論文発表されている。

 しかし、この言葉を「CPRを行ってからAEDを“装着”するもの」と誤解し、救急隊によるAED装着と除細動が数分間遅くなるといった事態が一部で生じているという。

 「そもそも、AEDファーストと本来のCPRファーストのどちらがいいかは、医学的にまだ決着が着いていない。こういった概念にとらわれることなく、AEDが来たらすぐに装着して、機械の指示に従えばいい」と源河氏は強調する。

 もちろん、倒れるのを目撃された心肺停止患者にも、迷わずAEDだ。