少し前に新聞各紙が、交通事故被害者の治療費負担を巡って、東京都町田市が大手損保会社「あいおい損害保険」を相手取り損害賠償を求めて、東京地裁に提訴を決めたと報じました。
事件の経緯はこうです。2002年10月に、市内の元会社員の男性が、運転中に追突されました。事故後も足に痛みが残り、「反射性交感神経性ジストロフィー」と診断され、障害者認定も受けています。
事故から約1年半後に、損害保険会社は「症状固定」したとして保険金の支払いを打ち切り、示談を申し入れました。しかし、男性は今後の回復は見込めなくても、これ以上悪化しないための治療は必要であり、治療費がすべて自己負担になるのは不安だとして、その後も国民健康保険を使って治療を続けています。市は、保険金が支払われなくなってからの治療費のうち、市負担分の312万円を損保会社に請求すべく提訴に及ぶというのです。
国民健康保険法第64条第1項は以下のように、自治体は国保で交通事故等の第三者による傷病の治療費を肩代わりしても、後で加害者に請求できることを明記しています。
「保険者は、給付事由が第三者の行為によつて生じた場合において、保険給付を行つたときは、その給付の価額(当該保険給付が療養の給付であるときは、当該療養の給付に要する費用の額から当該療養の給付に関し被保険者が負担しなければならない一部負担金に相当する額を控除した額とする。次条第1項において同じ。)の限度において、被保険者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する」。
しかし、これまで今回のようなケースは、症状固定後は損保会社が支払いを拒否するため、自治体はやむなくそのまま治療費を負担してきました。それだけに、今回の一件は注目すべき事例といえるでしょう。
ところで、交通事故の治療費については、自動車保険を使うか、それとも健康保険を使うかで、保険会社、医療機関、患者の三者の間で火花が散ることがしばしばあります。自動車保険と社会保険で医療費の単価に違いがあり、それが医療費総額に影響を与えるため、保険会社や医師の間に綱引きが生じるだけでなく、後に患者が受ける賠償額にも影響してくるからです。
ただ、今回はそのような古典的な問題とはその背景が異なります。これまで症例が固定した患者の治療費を負担していた自治体がもう我慢できないと具体的にアクションを起こした点に、ニュースバリューがあったわけです。
同じ交通事故でも、死亡事例などでは治療費総額もきっちり出ますし、生存例でも被害者が既に調停や裁判などの司法手続きを受けて、治療費の積算や損害賠償の額がはっきりと決まっていれば、後は定型的な事務処理が進むのが普通です。しかし、このケースのように損保会社が症状固定だとするものの、被害者にとってはそのように感じられない病態となれば、示談もまとまらず、かといって裁判で決着もつかずに、それでも治療費はかかり続けます。一体誰が治療費を持つべきでしょうか、という問題になります。
国保の保険者である自治体が、損害賠償として支払われるべき交通事故被害者の治療費を負担していた立場から、加害者とそのエージェントである保険会社を訴えれば、当然、症状固定にも争点が拡大し、責任を減殺しようとして過失や被害者の素因の問題などを持ち出した上で否認や抗弁の主張がいろいろ出てくるでしょう。
ところで、国保の厳しい滞納状況について3月4日の日本経済新聞は、厚生労働省調べで、08年度の国保料収納率は約88%で、前年度より2ポイント低下したと報じています。とりわけ東京都が都道府県で一番収納率が悪く、08年度の収納率は84.26%。不足の約527億円は一般会計から穴埋めするとしています。
自治体も国民健康保険も財政的に厳しい時代ですから、少しでも負担を減らしたいと考えるのは当然でしょう。今回の訴訟は自治体や国保の財政難が背景にありますが、損保会社も営利企業ですから、どこかで保険金の支払いに決着をつけねばなりません。そう簡単に要求を呑むわけにはいかないでしょう。町田市に続いて、今後もこのような訴えが提起されるのか、注目されるところです。
日経メディカル ブログ:竹中郁夫の「時流を読む」
これはσ(・ω・´*)の気になるところです。