本来、上司の発言は重いものです。その決断には、常に責任がついて回ります。
しかし、近年、自分の発言や判断に対して責任を持たない上司が増えているように思います。それ以上に私が気になっているのは、法や世間の常識に反する決断を下す組織のトップや上司が、決して少なくないことです。古い慣習や身内の論理にとらわれ、企業の利益を追求するあまり、法律に反していることを上司が部下に命令してしまうのです。
食品メーカーによる賞味期限や産地の偽称などは、今でもしばしばマスコミで取り上げられます。これらの事件の大半は、そうした上司が育んだ組織風土や、上司による命令が引き起こしたものといえます。少し古い話になりますが、2000年に起きた雪印による食中毒事件はその典型例でしょう。
こうした事件の背景にある大きなキーワードの1つは、「コスト」です。決められた条件の中で利益を上げるには、どこかを削る必要があります。雪印の食中毒事件では、製造ラインの洗浄回数を減らし、無駄を減らすために商品を再利用したと報道されています。コスト削減による利益優先主義の、当然の帰結といえるでしょう。05年4月に起きたJR西日本の福知山線脱線事故も、根本は同じだと思います。
低価格志向が続く昨今、大手メーカーであっても、利益の確保は簡単ではありません。経営陣から現場責任者、現場責任者から部下への要求も、自然と厳しいものになるでしょう。雪印事件の後も、企業のモラルが問われる事件がたびたび報道されているのは、そうした背景によるのだと思います。
不正行為で罰せられるのは上司だけではない
医学の世界においても時に、法や世間の常識からすれば信じられないような事件が起こります。組織には古い慣習がつきもので、そのような慣習が、トラブルの大きな原因になりやすいのです。医師という特殊な職種の組織には特に、周囲からの理解を得にくい慣習が多くあるのかもしれません。
このような環境下では、部下が、組織・上司と世間・法律の板ばさみになってしまうことがあります。良心の呵責に耐えきれず、内部告発するという行為も、このような状況から生まれるのでしょう。
そうした認識の下、上司は、組織にはびこる悪しき慣習にこだわらず、世間の常識と法に反しないルール作りを行わなければなりません。また、指示した不正行為が発覚した場合、自分だけでなく、部下も大きなペナルティーを受けることをしっかり認識しておくべきです。実際、大学の医学部を舞台にしばしば表面化する文部科学省科学研究費の不正請求事件においても、一蓮托生で部下まで処分を受ける例がありました。
自分達の問題は、原則、自分達で解決する!
上司が不正な指示を出す場合、その責任は、上司1人が負うだけでは済まないのです。一方、部下としても、上司から出された指示が世間の良識や法律に抵触している場合、考えを改めてもらうために上司を説得すべきでしょう。
しかし、部下が上司に異議を申し立てるには、かなりのエネルギーを必要とします。1人じゃ荷が重い場合には、部下全員で問題解決のための会議を開き、その場での結論を基に集団で説得を試みるといいかもしれません。本来は、上司と部下が率直に意見交換でき、内部告発のないような健全な組織作りが大切なのですが、理想通りにならないときもありますので…。
また、事態が改善しない場合を想定した予防策も求められます。これからの組織には、法令・規程や倫理規範に対する違反行為の早期発見と、コンプライアンス(法令遵守)の促進および違反行為による被害者の保護を目的とした仕組みが欠かせません。教職員が安心して通報・相談できる窓口も必要でしょう。外部弁護士との契約による公益通報制度などは、その一例といえます。
「上司の意見に従わずに組織の中で不利益を被るか?それとも上司の意見に従って、法律の裁きを受けるリスクを負うか?」。難しい選択を迫られるのはいつも立場の弱い部下です。上司たるもの、どっちに転んでも心が晴れない“究極の選択”を部下に無理強いしないよう、心がけたいものです。
日経メディカル ブログ:緑山草太の「僕ら、中間管理職」より