シバの女王La Reine De Saba/Raymond Lefèvre et son Grand Orchestre(このジャケット!!)


シバの女王 レーモン・ルフェーブル (背景の写真が変わって見応えがある)


・若い人でも知っていると思います。最初の1小節を聞いただけで、「あ、聞き覚えがある!」というくらい、よく知られた曲ですね。ミシェル・ロランが作曲して、日本でもグラシェラ・スサーナが日本語で歌ってヒットしましたが、おそらくそちらを知る人はもう少ないでしょうね。

ああ、もう、50年もたちましたか! いや、びっくりですね。初めてこの曲のレコード(シングル盤)を買った時のジャケットがまさに上のものです。中学生だったかな。ライナーノーツには、たしか「シバ」を北ボルネオのサバ州とかシバ州がどうこうのと書いてあったように思います。いい加減。聖書などに出てくる伝説の女性のようですね。

・で、今日のお題は、原題がLa~(英語ならThe)ではなく、Ma~(My)だったこと。
Michel LAURENT Ma reine de Saba (1967)


・「私のシバの女王」だと、まあ、自分一人(=歌い手?)のお話になります。世界観がぐぐっと狭くなる。これがLa Reine なら対象は広がる、一般化する、といってもいい。あなたにも、あの人にも、「憎いあん畜生」にもあてはまる。世界観が広がる。そして、そんなアレンジになってると思いませんか。そういう、原曲の可能性を最大限に引き出すのが、レーモン・ルフェーブルのアレンジですね。

・昔々、高校生のころだったか、友人に「いいだろ?」と勧めたんだか自慢したんだか忘れましたが、「いや、原曲から離れている。大げさだ」と切り返されたことかありました。ま、確かにそうかもしれません。

・個人の体験・・・ それはひょっとしたら自分だけが理解していればいい、むしろそうしておきたい事柄だ、ということはあるものでしょう。それをそのままの規模で語っておきたい。それが、シャンソンの世界観だったり、(フレンチ)ポップスの有りようかもしれませんね。

・そこをぐわわわわっと広げていくことが、果たしてよいことなのかどうか。はたと考えさせられました。が、それでもルフェーブルの「シバの女王」は成り立っている。原曲を「破壊」した分、MaからLaに変えた・・・ ということだとお話としては収まるんですが、真相やいかに。