・土曜日に野暮用をこなしたご褒美かな。名古屋で購入したホクホク本です。(笑)


・この本は、元文5(1740)年以降、延享元(1744)年・寛延元(1748)年・寛延3(1750)年・宝暦4(1754)年・宝暦12(1762)年・明和6(1769)年・寛政5(1793)年・文久2(1862)年・文久3(1863)年と、長らく刊行されていたことが分かっています。小型のためか、現在まで残らないものもあったでしょう。ことに寛政5年から文久2年までは70年の開きがありますから、この間にも刊行されていたと考えておいてもよいでしょう。

・そして、今回入手したのは安永8(1779)年刊行本。新発見だ! やっぱり、明和6年と寛政5年のあいだには24年の開きがありますから、そこそこ長い。その空白を埋めるような存在ですね。


・しかし、巻末付録がなんか変。「年代六十図」という、干支と各年の対照表があります。これが、なんと、最新年は「明和」(元年。1764)! 単純計算で、15年も遅れてることになります。この本を出版した吉文字屋。このあたりがルーズなんですね。刊年と付録内容が一致しないことが多いんです。明和以降、数字が書かれてますが、これは持ち主が墨と筆で書いたもの。印刷ではありません。


・随分な怠慢ですが、そんな変なことの裏側には、カラクリがあると見たい。「明和」の文字は、見開き右側の左端(下端)にありますね。おそらく、本来の見開き左の紙には、年数が印刷されていたのかもしれません。その部分を何らかの理由で交換してしまったのではないかと考えます。その理由としては、新たに版木を作ったか、以前からあった古い版木で間に合わせたか、でしょう。そのため、見開き右側は「明和」で途絶したのではないか・・


・今回購入した安永八年版だけのことかもしれません。同じ刊記の本でも内容に微差のあることは、ままありますのでね。あまり残ってないかもしれないけれど、第二・第三の安永八年本を見たく思うことです。