・とだけ書くと何だか怪しいですね。国文学研究資料館の事業で、富山市立図書館山田孝雄文庫の調査を担当(ただし下っ端)しているので、この会議に出る権利・義務?がありまして、立川市へ。
・打合せ+研修・見学+シンポジウム+懇親会。一昨年は一切参加せず、去年参加したら、研修・見学の、前年度収集資料の内覧会が勉強になることに味をしめ、今回の参加となりました。しかも、シンポジウムは蔵書形成がテーマ。ちょっとは関心があるけれど(あれ・これ)、まだまだ教えを乞う立場なので、これも勉強になりそう。なお内覧会はなく、代りに鴨長明展をギャラリートーク付きで。
・国文学も蔵書形成をテーマにするのだなぁと改めて思いました。このところ、日本史の方では、近世史・近世思想史の人たちを中心に書籍に注目したアプローチを進めていますが、その1テーマに蔵書形成があります。近世の人々がどのように思想・信条・常識・通念を形成していったかを追究するツール・データ・メルクマールにするためです。ことに、庶民に近い側の人々に関心があるようで、つまりは下から上へのベクトルが意識されているように思います。
・今日のシンポジウムでは和歌がポイントのようでした。和歌とそれをめぐる文化がどのように上から下へ伝播するのか、下の人間と上の人間との交流はどのようであるか、といった話と聴きました。伝統を背景にした言語芸術ですから、どうしても上から下への流れを注目することになります。
・それはそれでよいのですが、和歌とそのありようが、蔵書形成・蔵書構成になかなか結びつかない印象をもちました。安易な短絡を避けたのだろうと思いますが、もう少し、その辺を意識した具体的な話がほしいところ。蔵書の分類を「文学・辞書・漢籍……」などと示してくれた発表者もありましたが、「辞書」と言ってもさまざまですから、さらに肌理細かな話になってほしかった。すでに教育史の方ではそこまで分析した例があるので、つい比較してしまうのですが。
・某所某家を調査したら未知の文書の束が出てきて、それも含めて蔵書構成を検討しなおしたら、各ジャンルのパーセンテージが違ってきた、との話がありました。そして、私の聴き誤りではないとすれば、文書の多くを「歴史」に含めてカウントしていました。文書を含めなかった段階の「歴史」は書籍として歴史を述べたものだと思いますが、それとその家の文書とは、まるっきり性格が違うものでしょう。一方は歴史観をはぐくむ(可能性のある)ものであり、一方はその家の史的事実のメモだと思うんですね。大きく捉えれば「歴史」でくくれますが、質としては別物だと思うのです。
・そうだとすると、何のために蔵書構成を捉えるのか、蔵書構成から何を引き出して文学研究につなげるのかといったビジョンがもう一つはっきりしてないのかもしれないという気がしてきます。しかし、それはないとは思う。シンポジウムを開催するくらいですから、その点への配慮は十分になされているはずでしょう。うううむ、やっぱり何か聞き落としたかな。
・打合せ+研修・見学+シンポジウム+懇親会。一昨年は一切参加せず、去年参加したら、研修・見学の、前年度収集資料の内覧会が勉強になることに味をしめ、今回の参加となりました。しかも、シンポジウムは蔵書形成がテーマ。ちょっとは関心があるけれど(あれ・これ)、まだまだ教えを乞う立場なので、これも勉強になりそう。なお内覧会はなく、代りに鴨長明展をギャラリートーク付きで。
・国文学も蔵書形成をテーマにするのだなぁと改めて思いました。このところ、日本史の方では、近世史・近世思想史の人たちを中心に書籍に注目したアプローチを進めていますが、その1テーマに蔵書形成があります。近世の人々がどのように思想・信条・常識・通念を形成していったかを追究するツール・データ・メルクマールにするためです。ことに、庶民に近い側の人々に関心があるようで、つまりは下から上へのベクトルが意識されているように思います。
・今日のシンポジウムでは和歌がポイントのようでした。和歌とそれをめぐる文化がどのように上から下へ伝播するのか、下の人間と上の人間との交流はどのようであるか、といった話と聴きました。伝統を背景にした言語芸術ですから、どうしても上から下への流れを注目することになります。
・それはそれでよいのですが、和歌とそのありようが、蔵書形成・蔵書構成になかなか結びつかない印象をもちました。安易な短絡を避けたのだろうと思いますが、もう少し、その辺を意識した具体的な話がほしいところ。蔵書の分類を「文学・辞書・漢籍……」などと示してくれた発表者もありましたが、「辞書」と言ってもさまざまですから、さらに肌理細かな話になってほしかった。すでに教育史の方ではそこまで分析した例があるので、つい比較してしまうのですが。
・某所某家を調査したら未知の文書の束が出てきて、それも含めて蔵書構成を検討しなおしたら、各ジャンルのパーセンテージが違ってきた、との話がありました。そして、私の聴き誤りではないとすれば、文書の多くを「歴史」に含めてカウントしていました。文書を含めなかった段階の「歴史」は書籍として歴史を述べたものだと思いますが、それとその家の文書とは、まるっきり性格が違うものでしょう。一方は歴史観をはぐくむ(可能性のある)ものであり、一方はその家の史的事実のメモだと思うんですね。大きく捉えれば「歴史」でくくれますが、質としては別物だと思うのです。
・そうだとすると、何のために蔵書構成を捉えるのか、蔵書構成から何を引き出して文学研究につなげるのかといったビジョンがもう一つはっきりしてないのかもしれないという気がしてきます。しかし、それはないとは思う。シンポジウムを開催するくらいですから、その点への配慮は十分になされているはずでしょう。うううむ、やっぱり何か聞き落としたかな。