
・大垣市内を通過中に気づきました。地図だとこのあたり。大通りを西から東に通過中に。大きな交差点で方向転換。北西に向かう道をたどります。ぽつぽつと昔懐かしい家が残っているあたりです。頃合いをみて南下。
・頰の旧称でもある「カバチ・カマチ」から「カワ(チ)」か、「カオ」の連母音回避でWが入ったか、あるいは、やはり古い形の「カホ→カヲ」から母音が転じたものか。
・『角川日本地名大辞典』だと、「地名の由来は高橋郷の南側の意」で、「南輪・南ケ輪とも書いたが元禄5年南頰に定着」とあります。が、ちょっと落ち着かない気もします。「側」と「輪」がつながるのかどうか…… 「輪中」という言葉が生き生きと使われている土地がらでもあるし(『日本国語大辞典』も、歴史的につながりそうな記述振りではある)。
・語源が「側」だとして、これに「頰」を当てたのはなかなかに高等ですね。