・今となっては昔話ですが。研究方法について、ショックを受けた論文が、横山俊夫「日用百科型節用集の使用態様の計量化分析法について」(京都大学人文研『人文學報』66)。



・本を長年使っていると、手垢汚れがついてしまう。ただ、その汚れ方には一定の傾向がありそうだ。それを手掛かりにすれば、その持ち主がどのような情報を欲していたかが分かるはず…… そんなことがさらりと書いてある。いいアイディアだと思う。



・横山氏は、主に付録部分に注目する。巻頭・巻末そして本文上欄部分に、日用教養情報の付録があるのだが、旧蔵者は、その、どれを使っていた人だったか。うまくすれば手垢のつき具合から分かることになる。

・読むだけなら、そういう見方もありそうですね、で終わる。が、じわじわとその本当の意味に気づいてくる。つまり、節用集からダイレクトに、使用者の関心つまりは頭の動きの一部を取り出そうとするわけだ。あたかも、その当時、その人が使っていたことが分かるようになる。「間接キス」じゃないけれど「間接タイムマシン」にはなりそうだ。言ってみれば。途方もない思い付きである。

・周到さにもおどろく。写真で撮影して解析資料にするのだけれど、当時はまだフィルム・カメラしかなかった。つまりはフイルム自体が重要な資料になるから、その品質を一定に保つ必要がある。まぁ、保湿保温庫とか冷蔵庫とかで保存するんだろう、くらいの予想はつく。

・が、横山氏はフイルムの乳剤番号まで眼を配るのだ。フイルムの感光面に塗られた薬剤の番号である。この番号が同一のフイルムなら均質なものと判断がつく。もちろん、メーカーとしては、同じ品名のフイルムならいつでも同一の品質となるようにしている。当たり前のことだが、それでも微妙に質がばらつくことも考えられないではない。そこで、同一の乳剤で作られた、つまり同一時期に製造・販売されているフイルムをごそっと購入するわけだ。

・ああ、恐い人だなぁと思った。そして自分は、これからどう研究方法を編み出さねばならないか、真剣に考えた。そのお蔭もあって、手垢法の問題点にも気づけた。もちろん、それは方法を否定するための弱点さがしではなく、補うべき点に気づくというのが本当の意味である(ただ、万能ではないことに気づけて、正直に言えば、ちょっと安心したけれど)。