・『三省堂国語辞典』等に「なごやぐ」が確認できました。で、実例をO大学大学院のOさんに御教示いただきました。なお、『月刊言語』(1975・4)で見坊豪紀氏がとりあげているそうで、また、孫引きながら、谷崎潤一郎『陰翳礼讃』に「奇妙に心が和やいで来、神経が安まる」とあるらしいとのことでした*。さて、教えていたのもイ音便の例。
「一座の人びとは、ほっとした思いでなごやいだ。」
平凡社『中国古典文学大系』の森三樹三郎訳『世説新語』(1969)p.226
・私もちょっと検索したら、『新潮文庫の絶版100冊』(CD-ROM)からフォークナー作・大久保康雄訳『野生の棕櫚』に2例あることを確認しました。こちらはともに撥音便の例でした。
「酒のように鋭く、また蜜のようになごやんだ干満のない静寂のからんだ記憶の糸から」
「風もなごやんでくると、子供の小便の匂いや動物型に焼いたクラッカーの匂いがして」
こちら。新潮文庫版(1954)が初出?
・イ音便なら終止形ナゴヤグでいいんですが、撥音便だとナゴヤム・ナゴヤブになります。が、実際問題として、この種の語は、もとは二つの語形だったのが一語に集約することがあったり、よく使われる連用形だけが存在することも考えられます。活用形がとりそろわないこともあるでしょう。そしてそこがまた、元の形式が透けてみえるようでもあり、言葉の生々しさを伝えているようにも思います。
追記*)
・石坂洋次郎『若い人』(1937)に「和やいでいた表情」との表現があると御教示いただきました。ともに振り仮名はないようです。1900年代初頭に生まれた人の例が見られることになります(谷崎はもう少し古い)。あるいはそうした年代の人たちはには、比較的無理なく受け入れられた言葉なのかもしれません。その前後の年代はさておき(もちろん、結論はまだまだ先のこと。とりあえずの見通しです)。
・こちらも御参照ください。
「一座の人びとは、ほっとした思いでなごやいだ。」
平凡社『中国古典文学大系』の森三樹三郎訳『世説新語』(1969)p.226
・私もちょっと検索したら、『新潮文庫の絶版100冊』(CD-ROM)からフォークナー作・大久保康雄訳『野生の棕櫚』に2例あることを確認しました。こちらはともに撥音便の例でした。
「酒のように鋭く、また蜜のようになごやんだ干満のない静寂のからんだ記憶の糸から」
「風もなごやんでくると、子供の小便の匂いや動物型に焼いたクラッカーの匂いがして」
こちら。新潮文庫版(1954)が初出?
・イ音便なら終止形ナゴヤグでいいんですが、撥音便だとナゴヤム・ナゴヤブになります。が、実際問題として、この種の語は、もとは二つの語形だったのが一語に集約することがあったり、よく使われる連用形だけが存在することも考えられます。活用形がとりそろわないこともあるでしょう。そしてそこがまた、元の形式が透けてみえるようでもあり、言葉の生々しさを伝えているようにも思います。
追記*)
・石坂洋次郎『若い人』(1937)に「和やいでいた表情」との表現があると御教示いただきました。ともに振り仮名はないようです。1900年代初頭に生まれた人の例が見られることになります(谷崎はもう少し古い)。あるいはそうした年代の人たちはには、比較的無理なく受け入れられた言葉なのかもしれません。その前後の年代はさておき(もちろん、結論はまだまだ先のこと。とりあえずの見通しです)。
・こちらも御参照ください。