・昨日のつづきですが、まずこちらの画像を。PDFファイルなので表示まで時間がかかるかと思いますが、『倭節用集悉改嚢』(文政元年版)にはいっている「改正御武鑑」です。
・ちょっと変だと思いませんか? 何やら空白があちこちにある。より正確にいえば、武士の名の左側が必ず空白になっている。この部分には、本来「槍(鑓)印」と呼ばれる図が入ってました。槍の刃のカバーですが、さまざまな意匠と素材があしらわれており、それが図示されていたはずです。当局から「武家のことにとやかく口出しするな」とでも言われて、版木から削ったのでしょう。
・とすれば、まだ槍印が削除されずに印刷されているバージョンがあると想像できます。同じ文政元年版でも。実は、慶応本には、その槍印があるのです(非見開き。ページ進行も逆順です)。よく見ると槍カバーの図だけでなく、文字もあります。どういう材質を使っていて、どう見えるかなどが書かれているようです。ここまでやると「口出しするな」になるのかな。
・いろいろ調べてみると、慶応本の本領はこれだけではありませんでした。
・槍印がまだ印刷されているものは、他にもいくつか見つけていましたが、慶応本の重要な点は、その中でもさらに早い段階の版木であることです。たとえば、「公家鑑」。右端の慶応本の「日野家」はきちんとしてますが、槍印のある本でも他のものの多くは、「家」字の最終画・右払いがほぼ欠落しています。紙に刷り込むうちに版木から欠けたのでしょう。もちろん、槍印のない本でもちゃんと欠落してます。
・また、同じく「公家鑑」のなかに「親王方」という部分がありますが、その「閑院宮」について慶応本には実名などの記事がないんですが、他の槍印本では実名などが記されています。これは後からおぎなったものです。槍印のない本でも当然、補記されています。しかし、実名出してもよかったんでしょうかね。隣の桂宮には記されていないのも不統一のような。なにか特別のはばかりがあったものでしょうか。
・本題にもどせば、慶応本は、『倭節用集悉改嚢』文政元年本のなかでも、もっとも早い段階の刷りということになります。これと同じ程度に早いものは石川県小松市立博物館のものしかまだ確認していません。そうしたことが、居ながらにして調査できる点で、Google booksの営みはありがたいのですが、せっかくスキャンする機会があり、しかも全世界に向けて発信するのだという意図が明確なのであれば、きちんとしたものにしてほしい、と思うわけです。
・ちょっと変だと思いませんか? 何やら空白があちこちにある。より正確にいえば、武士の名の左側が必ず空白になっている。この部分には、本来「槍(鑓)印」と呼ばれる図が入ってました。槍の刃のカバーですが、さまざまな意匠と素材があしらわれており、それが図示されていたはずです。当局から「武家のことにとやかく口出しするな」とでも言われて、版木から削ったのでしょう。
・とすれば、まだ槍印が削除されずに印刷されているバージョンがあると想像できます。同じ文政元年版でも。実は、慶応本には、その槍印があるのです(非見開き。ページ進行も逆順です)。よく見ると槍カバーの図だけでなく、文字もあります。どういう材質を使っていて、どう見えるかなどが書かれているようです。ここまでやると「口出しするな」になるのかな。
・いろいろ調べてみると、慶応本の本領はこれだけではありませんでした。
・槍印がまだ印刷されているものは、他にもいくつか見つけていましたが、慶応本の重要な点は、その中でもさらに早い段階の版木であることです。たとえば、「公家鑑」。右端の慶応本の「日野家」はきちんとしてますが、槍印のある本でも他のものの多くは、「家」字の最終画・右払いがほぼ欠落しています。紙に刷り込むうちに版木から欠けたのでしょう。もちろん、槍印のない本でもちゃんと欠落してます。
・また、同じく「公家鑑」のなかに「親王方」という部分がありますが、その「閑院宮」について慶応本には実名などの記事がないんですが、他の槍印本では実名などが記されています。これは後からおぎなったものです。槍印のない本でも当然、補記されています。しかし、実名出してもよかったんでしょうかね。隣の桂宮には記されていないのも不統一のような。なにか特別のはばかりがあったものでしょうか。
・本題にもどせば、慶応本は、『倭節用集悉改嚢』文政元年本のなかでも、もっとも早い段階の刷りということになります。これと同じ程度に早いものは石川県小松市立博物館のものしかまだ確認していません。そうしたことが、居ながらにして調査できる点で、Google booksの営みはありがたいのですが、せっかくスキャンする機会があり、しかも全世界に向けて発信するのだという意図が明確なのであれば、きちんとしたものにしてほしい、と思うわけです。