・吉村昭『わたしの流儀』を読んでいたら、東京のふぐ料理の名店の話があった。
さらに吉村は「人には個人差があり、店主の好みを客に押しつけてはいけない」ともいう。
・ときどき吉村の判断にはついていけないことがある。ことに、この随筆集『わたしの流儀』には、違和感を持つことが多い気がする。
・実際、魚(海の魚)を食べるとき、ビールはちょっと合わないものだ。生臭さが強調される気がする。出されれば、私だってスルメをかじりながらビールを飲まないわけではないが、あまり面白くはない。もちろん、ワインに比べれば(と書いただけで虫酸が走る)微々たるものだけれど、悪い面が引き出される。
・ワインでも例外はあって、甲州種100%のものなら大丈夫。魚を食べたあと、口に含めば一瞬だけ違和感があるが、それ以上は喧嘩しないでくれる。魚は魚、ワインはワインで味わえる。ちょっと不思議。そして、よい日本酒なら、魚のうまさを引き出すことはあれ、その逆はちょっと考えられない。嫌味も旨みも引き受けて、ほどよく調和してくれる。日本酒は、魚には最適の相棒である。
・ふぐ屋さんもその辺のことが分かっているから、ポリシーにしているのだろう。そうした、食のプロへの敬意というものが、「客が神様」という常識めいたことに押しやられてしまっている。
まずビールを、と言ったところ、
「ビールは、ふぐの味を消しますので、お出ししておりません」
という。
私は呆気にとられたが、さからう気もなく日本酒を頼んだ。
さらに吉村は「人には個人差があり、店主の好みを客に押しつけてはいけない」ともいう。
・ときどき吉村の判断にはついていけないことがある。ことに、この随筆集『わたしの流儀』には、違和感を持つことが多い気がする。
・実際、魚(海の魚)を食べるとき、ビールはちょっと合わないものだ。生臭さが強調される気がする。出されれば、私だってスルメをかじりながらビールを飲まないわけではないが、あまり面白くはない。もちろん、ワインに比べれば(と書いただけで虫酸が走る)微々たるものだけれど、悪い面が引き出される。
・ワインでも例外はあって、甲州種100%のものなら大丈夫。魚を食べたあと、口に含めば一瞬だけ違和感があるが、それ以上は喧嘩しないでくれる。魚は魚、ワインはワインで味わえる。ちょっと不思議。そして、よい日本酒なら、魚のうまさを引き出すことはあれ、その逆はちょっと考えられない。嫌味も旨みも引き受けて、ほどよく調和してくれる。日本酒は、魚には最適の相棒である。
・ふぐ屋さんもその辺のことが分かっているから、ポリシーにしているのだろう。そうした、食のプロへの敬意というものが、「客が神様」という常識めいたことに押しやられてしまっている。