男の散髪は理髪師の世話になるが、私は床屋さんと言っている。江戸時代、床店で仕事をしていたことから髪結い床──床屋となった。(吉村昭「床屋さん」『わたしの普段着』)
・東京の日暮里生まれの吉村はこう言っている。私も「床屋さん」だ。それ以外の言い方を知らない訳じゃないが、まず言いつけているのは「床屋さん」。
・愚妻はさもおかしげである。大銀杏でも結った頭を想像しているらしい。「散髪屋でしょう?」などという。デジカメを「写真機」という人に笑われたくはないが、時代的には「床屋さん」の方が古そうで、旗色が悪い。
・ただ、吉村も多少揺れがあるらしい。口頭では「床屋さん」を専用するのだろうが、地の文では「理髪店」が普通のよう。ただ、使い分けがあるような無いような、で、興味深い。
毛髪がとみに乏しくなってはいるものの、まだ少々は残っていて、理髪店に行かねばならない。
ビールや調味料をとどけてくれる店の主人に適当な床屋さんがないかとたずねると、私の家から歩いて二十分ほどの理髪店がいいと教えてもらい、その店に足をむけた。(同)
・最後の「理髪店」、実は「床屋」と答えたのを、あまり「床屋」が続くのも芸がないとでも思って表記上の変化を求めて変えたのかもしれない。地の文か会話文か判然としない文体中であるのも面白い。
・愚妻は京都で似たような仕事をしているので簡単なアンケートをとってきた。関西出身のものはみな「散髪屋」であり、愛知県出身の人だけが「床屋」だったという。岐阜は「床屋」だと思うけれど、それこそ思い違いかもしれない。一度学生に教えてもらおう。(コメントしてくれると助かります)
追記)
・やっぱり東西対立(拡大地図)?