・ということは、どこでも言われているのでしょうね。バンクーバー五輪の女子フィギュア。ラフマニノフの鐘は荘重だけれど、スケートという競技に合うのかどうか。もう少しいうと、スケートの良さを引き出すのに適した曲なのかどうか。スケートじゃないもので使った方が、より効果的なんじゃないか。
・聴く者を圧倒するデモーニッシュな曲想はどうだろう。いや、演技する人にとっても重圧なんじゃないだろうか。出発点からマイナスを負っている気がする。あの曲をバックにして伸び伸びした演技をするには、相当精神を鍛えないといけないだろうから。練習も楽しいだろうか、気持ちよくできるだろうか。卑近にいえば、ながら勉強のバックに流せる?
・キムのは素直。曲の流れるような感覚や滑らかな感じ。流れを効果的に強調した演技ともしっくり合っていて、これぞスケートの醍醐味と主張しているよう。普通のクラシックやポップスなどに慣れた耳には新鮮でオシャレですらあった。こういう曲での練習は、乗りやすいでしょうね。やっていて気持ちがいい。プラスにプラスを重ねた、好感しか感じようがない。
・もちろん、浅田のはスケート表現の可能性を追究したもの、と評価すべきなのかもしれない。いや、可能性に挑戦したもの、というべきか。しかし、そのような、なかば実験的なことをオリンピックや世界大会ですべきかどうか。ニコリともせず、むしろ渋面まで作ってする表現は、スケートじゃないものの方がふさわしい気がする…… と思うのは私が古い価値観に固執しているからなのかな。