・生来の愚図なので、学恩に謝しなければと思いつつ、機を逃すことがいくつか出てきた。柴田武先生・徳川宗賢氏、そして安田章氏。いま、近世辞書と言語生活とをつなぐ研究を志しているが、これは安田氏あればこそのことである。氏の、中世辞書関係の著作を一貫するのが当時の言語生活との対照というテーマであり、その結論として中世辞書の存在意義を「韻事の書」と看破したのであった。少しでもあやかりたいという気持ちがある。
・なぜ、こんなことを書いたのか…… 安田氏『仮名文字遣と国語史研究』に寄せられた推薦文、今野真二「これからの国語史研究の出発点」を読み返していたから。文中に龍谷大学大宮学舎のことが出てくるが、その日、研究発表会場には私も居た。会場を足早に通り抜ける安田氏と、後を追う今野さんの姿が印象的だった。傍目にも、何か大事な話がおありなのだろうと推測できた。
・しかし、今でもこういう関係が学問の世界でありうるのですね。羨ましい。いや「羨ましい」などといえば、卑近になってしまうか。でも、仕方がないか。

*「これからの国語史研究の出発点」のリンク先、なんで、文字と背景を同系色にするかなぁ。選択・反転してお読みください。