・「嘉久開板」
『二体節用集』(寛永3刊。横本。国会図書館等蔵)の奥付にある名前。「開板」は「刊行」の意味で可。前から気になっていた。一人でも多く、節用集の関係者がどんな人か知りたいから。

・「員外沙弥嘉久」
『即身成仏義』(空海。寛永6刊)にはこうあるとか。太田正弘『寛永版目録』など。「沙弥」は(未受戒の)僧。「員外」もなかなか見かけない言葉だから、目印になる。

・「洛陽五条坊門上柳町書林/員外沙門嘉休」
『往生要集』(源信。寛永8刊)にはこうあるとか。太田同著ほか。「沙門」も僧だから「員外沙弥」と同意。ならば「嘉久=嘉休」。カキュウ。「五条坊門」は今の仏光寺通り。「上(かみ)柳町」はここ。仏光寺通り烏丸東入ルとも言えるところ。

「京都の仏光寺烏丸東入ルで「富士屋」の屋号で書物と薬の店を営みました」
「寛永年間に「富士屋嘉休」と名を変え、京都で薬舗・書林の店「富士屋」を開業
「涅槃宗」という宗派があったんだね。のち天台宗に接収。嘉久に汲々。住友政友。