おはようございます。
市川学です。
あなたは、自分の中に迷いが生じたら、どうしますか?
迷う場面、いっぱいありますよね。
今日のお昼はなんにしよう?
っという軽いものから、
人生の目標をどうしようか?
っというヘビーなモノまで。。。
迷っている時には、
私はまず、迷っている自分を認める、
というところからスタートするようにしています。
「あ~、今自分は迷っているんだ、
次の道がわからなくなっているんだな。」
っと認めるところからはいります。
迷い、を身体で感じ切る、
っと言ってもいいです。
迷っている自分を、
ダメなやつだ、と批判していたり、
頭の悪い、愚か者、なんて卑下していたり、、、
そういう感情を感じたくないから、
迷い、というものをそもそも認めない。
私はそういう性質があるというか、
そういう性格みたいです(苦笑)
どこまでプライドが高いのか、
迷っている自分を許せないなんて、
そっちのほうがよっぽど愚かに思えますが、
私はそういう性質を持っていたんです。
それはそれは、辛かったんですよ~。。。
どんな時も、まずはありのままの自分を認める、です。
迷っているなら迷っている。
怒っているなら怒っている。
悲しいなら、悲しんでいる。
喜んでいるなら、喜んでいる。
楽しいなら、楽しんでいる。
自分の認めてあげるんです。
そのあと、自分の感覚を感じた後というのは、
感じる前とは、全然違う道が見えるものです。
自分の弱さを、認めてしまったら、
意地をはることも、プライドを守ることも、
へそを曲げることもありません。
ただ、自分のしたいようにする。
それだけです。
非常に、シンプルになりますよね♪
感覚を感じる、っていうのは、
一つだけ注意点があるとすると、
感情の名前で感じるのではなく、
身体の感覚をとにかく感じるということです。
脇腹がざわざわする、とか、
胸のあたりがぎゅーっとするとか、
肩のあたりが熱く重たい感じがするとか。
感じるのが辛くなった時には、深呼吸。。。
身体のいろんなところに、
今まで感じてこなかった感覚を封印しています。
その感覚はなぜ封印したのかと言えば、
感じるのが、辛かったからです。
それらの感覚は、“コリ”のようなもので、
血流が悪くなっているのと同じようなものです。
その“コリ”が緩むと、
今まで流れていなかった感覚が流れ始めます。
辛くて、封印した感覚が流れ始めるので、
時に、辛く涙が溢れることも多々あります。
あまりに辛い時には、
深呼吸をして、その感覚から逃げるのも一つの手です。
私も逃げ続けてきた感覚がありましたが、
最近、運動をしたりヨガをしたり、
身体の調子がよくなっているせいか、
どんどん感覚の流れも良くなってきています。
少しずつ、流れてきて、
ドン、と向き合う覚悟が出来た時には、
ぐーっと感覚を感じるようにしています。
すると、
ふっと緩む瞬間が訪れます。
そうすると、
今まで見えていなかった景色が見えてきます。
本当に、
今までの自分の全てを受け容れていけるような、
やっぱりあの時の選択はあれで良かったんだ、と、
そう思えるような、気がします。
そうして、怒りや憎しみのような感情も、
感謝に変わっていくのも感じます。
感覚を感じ切って、次の一歩は、
自分が望む方向に進むための一歩を踏み出すことです。
そのためにも、
自分の望む方向を知る必要がありますよね。
私達は、想っている以上に、
この社会や周りの人の影響をたくさん受けています。
自分で選んでやっていることよりも、
周りの人にこうした方がいいよ、と言われて、
なんとなく今の行動を選んでいるパターンって、
私は自分で思っている以上に多いです。
今やろうとしていること、
目指している方向、
一度立ち止まって見るのも、良いかと想います。
ただ、、、
一度立ち止まると、迷います。
迷いが生まれると、
自信もなくなります。
すると、次の一歩がなかなか踏み出せず、
立ち止まっている時期は、辛いかもしれません。
周りは進んでいくのに、
自分はなんにも進んでいない。。。
それでも、その時に感じる感覚を感じて、
自分で次の一歩を選んで、
そして、その一歩を踏み出した時には、、、
今まで感じたことのなかったような、
確信みたいなものを感じることも出来ます。
時には、迷ったっていい。
立ち止まってもいい。
悩んでもいい。
泣いたっていい。
そういうことを、感じています。
そしてそれが、
自分のありのままを受け容れる、
っということなのだと思います。
さて、
今日もお読みいただきありがとうございます。
ステキな一日をお過ごしください♪
P.S
100段階段ダッシュ、
なにげに続いています♪
最近、目覚めた時、足が軽いように感じます♪
身体を動かすというのは、
良いですね♪
ではでは~☆