「お金がない!」が始まっちゃった!? | ぽてなまの~と 【ときどきADHD話】

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「なまいき」で「なまけもの」な「ぽてたろう」のノートです。
日常のあれこれや、その日考えたこと、そしてADHDや発達障害についての「あるある」などを書いてこうと思います。

 

「お金がない!」が始まっちゃった!?

 

昨日はほぼ1日中、封筒に入った現金を捜索していた。金銭の管理に関しては私の数十倍は「しっかりしている」ママが「お財布に入れていたはずのお金がない!」と言い出したからだ。

 

あ~ヤバい。これ「始まっちゃった」ってヤツかも。

 

高齢者に認知症の兆しが出てくるとき、多かれ少なかれ出てくるのが「お金がない」「盗られた」「泥棒に入られた」という思い込みらしい。

 

幸い私は一人っ子で「嫁」でも、プロの介護さんでもないので「ぽてたろうが盗った」「隠した」という話には繋がらないところは「セーフ」というか、ありがたいことだ。

 

まぁ、客観的に考えて外部から人が入る時間的なスキはなかった。昨日はほぼ2人で一緒にいたので、私に気づかれず、母の部屋に侵入するのは物理的に不可能だろう。

 

本人が保管場所を変えて「その一連の記憶がぼっこり消えてしまった」状態なので、まぁ私はそんなに慌てていない。だが、こういう時「一応は一緒に探す」姿勢を示すのが重要らしい。

 

まずはお風呂に入れて、夕飯を食べさせて「きっと明日は『やだ! こんなところにあったじゃない!』ってなるから大丈夫よ。最悪見つからなくても、多少の現金なら心配ないよ」と励ました。

 

それなのに、いつもならとっくに寝ている時間が過ぎても、ガタガタと部屋中を探しまくっている音がしている。もう、こうなったら気がすむまでやってもらうしかないだろうな。

 

そんなこんなで「私もそろそろ寝ようかな」と思い始めたころ、2階から電話が入った。「あった! あったのよ。あったから、今すぐ上がってきて!」

 

今すぐですか。そうですか。

 

見せられたのは、透明ビニール製の封筒だった。これを財布に入れていたって? 

 

「で、どこにあったの?」

「お守り袋の中!」

 

お守り袋というのは、母がもらっている“肌守り”を入れているハガキ大の木綿の袋だ。お風呂に入るとき以外は、ほぼ直に肌に触るように首からかけている。

 

で、そこから出てきたのが……諭吉30人だった。

なにが「多少の現金なら大丈夫」だ。冗談じゃない。

 

まずね、肌にチクチクビニールが当たっていたはずなのに、それでも「気がつかない」という事態にギョッとした、しかも30枚の紙幣って、それなりの厚みも重みもある。首に違和感はなかったのか。

 

高齢者が家に現金を置きがちだということは知っていたが、このご時世にそんな金額を家に置いておくか? 「なくなった」とか「見つかった」とかよりも、そっちの方が大問題だ!

 

夜はどんどん更けていくが「現金を持ち歩いたり、家に置いたりしてはダメ」とこんこんと説教だ。

 

我が家はママの希望で「できる限り最後まで自宅介護」の予定でいる。ただ、3つだけ条件があって、1つでもNGになったら専門の施設に入ってもらう約束をしている。その3つとは

 

  • 一人で、私に言わずに外出しない。たとえ向かいのローソンでも。(徘徊につながる。私一人でみているので、眠っているときまでは見はれない)
  • 一人で火を使わない。お茶は「沸くポット」、仏壇のお線香もNG。(やはり火事が一番怖い。すでにやかんの空焚きを2回やっている)
  • 一人で風呂に入る。(入浴中は事故が多い。私も自分の通院や買い物で数時間出かけることもあるので、留守のときは厳禁)

 

というわけで「ボケ」は条件に入れていない。人間誰しも、年とともに進んでいくものだから、多少はしょうがないと思っている。

 

もちろん最後の1日まで、2人で一緒にウチで作ったご飯を食べられるのが理想だ。でも、介護には1人では背負いきれないこともある。自分がピンチのとき、助けてくれる人、今と違う環境に変えることも考えておかなくては、と考えている。

 

大ボケかまされても、不思議と腹は立たない。