いよいよ平成も終わりを向かえ、
新しい時代、元号が始まります。
そんな時代の節目にお話したいことが
今日のテーマである“プライド”です。
人には二種類のプライドがあると言われます。
ひとつは何の価値も生まない
持っているだけで腐っていくようなプライド。
もうひとつは自分の価値を高めていく
武器となるプライドです。
プライドを日本語にすると
『自尊心』と言われたりしますが、
じつは、この自尊心という言葉がやっかいで
誤解を生んでいることが少なくありません。
自分を尊ぶ心・・・
これは確かに大切なのですが、
何かの失敗をしたとき、
「自分は悪くないのに、なぜ誤らなければならないのか!」
憤りながらこのように言い張る人がいます。
組織やチームで仕事をしていれば
必ずこんな場面に一度や二度は
遭遇したことがあるでしょう。
相手がお客様で、
自社のサービスや商品に対して
クレームが出れば
たとえその商品を販売したのが
自分でなくとも一度頭を下げて
お詫びをしなければなりません。
ところが、それができずに
より大きな問題に発展したり、
後からしつこく同僚や仲間に嫌味を
言い続けるような人もいます。
しかも、こういう人ほど普段から自分の
プライドが許さない!
とか、
自分はデキル人間だから
もっと評価しろ!
と周囲に吹聴したり、陰愚痴を叩いたりします。
でも、本人のプライドが許さないのは
じつは、その人のプライドが低いからなのです。
飲食店やコンビニなどで大声を上げたり
店員さんに対して罵声や暴言を浴びせて
「上の人間を出せ!」とか騒ぐ輩も
同様にプライドが低いのです。
きっと普段から周囲の人に疎まれたり、
蔑まされたり、孤独な環境の中に
生きているのかも知れませんが、
この低俗な低次元のプライドを捨てない限り
きっと環境も状況も変わらないでしょう。
ただ、その一方で淡々と
「謝ることで相手の気持ちが
少しでも収まるなら全然構わない。」と
明朗にサラ~ッとやってのける人もいます。
私がスゴイ人物だ!とか、大物だ!とか
感じた人は、ほぼ全員がこういう人達でした。
前述の低いプライドは
“謝る”という行為に執着していますが、
凄いと感じる人たちは、
明確に目的へフォーカスしています。
つまり、物事の先にある
手に入れたい結果へ常にフォーカスして
意思決定しているので、
非常に些細なことなのです。
自称“プライドの高い人”とは、
視野がそもそも違っているわけで、
失敗する人の共通点がここにあります。
低次元のプライドは自分を簡単に
見失わせてしまいます。
また変なプライドをもって
宙に舞い上がっているような人も
時々存在しますが、
自分の色眼鏡を通して事象を見てしまうので、
客観的な視野や自分を見失ってしまいます。
ちなみに、この妙なプライドをもっている人
というのは、個人的な経験上
過去に小さな成功を経験したことがある人や
実家や学歴だけが取り得になっているような人に
多く共通しています。
自分で自分を狭く、小さくしても、
運やチャンスは巡ってきません。
それはその人自身のキャパシティが
既にいっぱいだからです。
心の度量を深く、大きくして
チャンスを受け入れるスペースを
日々つくっておきましょう。
そのためには、
人に我慢するのではなく、許すこと。
現象に耐えるのではなく、感謝すること。
物事を正面からだけじゃなく、背面からも見ること。
その練習を重ねていくことで
やがてあなたとその周囲は
必ず変わっていきます。
